- ダウンラウンドとは何か
- なぜダウンラウンドが起きるのか 外的要因と内的要因
- ダウンラウンドが経営に与える3つの影響
- ダウンラウンドを回避する5つの戦略
- ダウンラウンドに直面した際の対処法
スタートアップの資金調達において、企業評価額が前回より下がる「ダウンラウンド」は、どの企業にも起こり得る重要な経営課題です。2022年以降の金利上昇や市場環境の変化により、多くのスタートアップがダウンラウンドに直面し、創業者の持分希薄化や組織の士気低下といった深刻な影響を受けています。
しかし、FacebookやSquareなど、ダウンラウンドを経験しながらも大企業へと成長した事例も存在します。重要なのは、ダウンラウンドのメカニズムを正しく理解し、適切な対策を講じることです。
本記事では、ダウンラウンドの基本的な仕組みから、発生要因、経営への影響、そして回避策や対処法まで、スタートアップ経営者が知っておくべき実践的な知識を体系的に解説します。
ダウンラウンドとは何か
前回調達時より低い株価での資金調達
ダウンラウンドとは、スタートアップが新たな資金調達を行う際に、前回の調達ラウンドよりも低い企業評価額(バリュエーション)で株式を発行することを指します。例えば、シリーズAで企業評価額10億円だった企業が、次のシリーズBで8億円の評価額で調達する場合がダウンラウンドに該当します。
通常、スタートアップは成長に伴って企業価値を段階的に高めていき、シード、シリーズA、B、Cと進むにつれて評価額も上昇することが期待されます。しかし、事業環境の変化や成長の鈍化により、必ずしも右肩上がりの成長曲線を描けるとは限りません。


ダウンラウンドが意味すること
ダウンラウンドは単なる数字の変化ではなく、企業の成長ストーリーに対する市場の評価が変化したことを意味します。前回調達時に投資家が期待していた成長シナリオと、現実の事業進捗にギャップが生じた結果として起こる現象です。
重要なのは、ダウンラウンドが必ずしも企業の失敗を意味するわけではないという点です。FacebookやSquareなど、現在では巨大企業となった企業もダウンラウンドを経験しています。市場環境の急激な変化や、過去の評価が高すぎた場合など、経営陣の努力だけでは避けられないケースも存在します。
アップラウンドとの違い
対照的に、前回より高い評価額で調達することをアップラウンドと呼びます。アップラウンドでは創業者や既存投資家の持分希薄化を最小限に抑えながら資金調達が可能です。一方、ダウンラウンドでは同じ調達額を得るために、より多くの株式を発行する必要があり、既存株主の持分比率が大きく低下するリスクがあります。
このような状況下では、既存投資家を保護するための希薄化防止条項が発動されることが多く、創業者の持分がさらに減少する可能性があります。そのため、ダウンラウンドは資本政策上の重要な転換点となり、慎重な判断と戦略的な対応が求められます。
なぜダウンラウンドが起きるのか 外的要因と内的要因
外的要因:市場環境の急激な変化
ダウンラウンドの外的要因として最も影響が大きいのは、金融市場の環境変化です。2022年以降、世界的な金利上昇により投資マネーが縮小し、テック企業の株価が大幅に下落しました。この影響は未上場企業にも波及し、上場企業の株価を基準とするマルチプル(評価倍率)が従来の10-15倍から5倍前後まで低下するケースも見られました。
また、コロナ禍のような予測不可能な社会情勢の変化や、エネルギー価格の高騰による経済全体の不確実性の高まりも、投資家のリスク許容度を低下させる要因となります。特定の業界に対する規制強化や、競合他社の大型資金調達による競争環境の激化なども、企業の評価額に直接的な影響を与えます。
内的要因:事業成長の停滞と期待値のギャップ
内的要因の中心は、前回調達時に設定したKPIやマイルストーンの未達成です。売上成長率の鈍化、顧客獲得コストの上昇、チャーンレートの悪化など、主要指標が計画を下回ると、投資家の期待値との乖離が生じます。
組織面では、CTOやCFOなど主要メンバーの退職が企業価値に大きな影響を与えることがあります。特に技術系スタートアップでは、コア技術を担うエンジニアの離脱が致命的となるケースも少なくありません。また、大口顧客の解約や重要なパートナーシップの解消も、将来の成長性に対する懸念材料となります。
過去の過大評価という構造的問題
見落とされがちですが、そもそも前回の調達時の評価が高すぎたというケースも多く存在します。特に市場が過熱している時期には、投資家間の競争により実態以上の評価額がつくことがあります。いわゆる「バブル的な評価」が適正水準に修正される過程でダウンラウンドが発生するのです。
日本では2021年から2022年にかけて多くのスタートアップが高い評価額で資金調達を実施しましたが、その後の市場環境の変化により、適正な評価額への調整を余儀なくされています。このような構造的な問題は、個別企業の努力だけでは解決が困難であり、市場全体のサイクルとして理解する必要があります。
ダウンラウンドが経営に与える3つの影響
1. 既存株主の持分比率の大幅な低下
ダウンラウンドの最も直接的な影響は、創業者を含む既存株主の持分比率の低下です。企業評価額が下がった状態で必要な資金を調達するには、より多くの株式を新規投資家に発行する必要があります。例えば、評価額が前回の半分になった場合、同じ金額を調達するために2倍の株式を発行することになり、既存株主の持分は大きく希薄化します。
さらに、多くの投資契約には希薄化防止条項が含まれており、これが発動すると既存投資家の持分を保護するため、創業者の持分がさらに減少します。創業者の持分が20%を下回ると、経営の自由度が制限され、重要な意思決定において投資家の承認が必要となるケースが増加します。最悪の場合、創業者が自社の経営権を失うリスクも存在します。
2. 組織のモチベーション低下と人材流出
ダウンラウンドは従業員の士気に深刻な影響を与えます。特にストック・オプションを保有する従業員にとって、企業評価額の低下は将来のリターンの減少を意味します。行使価格が現在の株価を上回る「アウト・オブ・ザ・マネー」状態になると、ストック・オプションの価値はほぼゼロとなり、インセンティブとしての機能を失います。
この状況は優秀な人材の流出につながりやすく、特にエンジニアやプロダクトマネージャーなど市場価値の高い人材ほど、より良い条件を提示する他社への転職を検討し始めます。人材の流出はさらなる事業の停滞を招き、負のスパイラルに陥るリスクがあります。組織全体に「沈みゆく船」というネガティブなイメージが広がると、採用活動にも悪影響が及びます。

3. 対外的な信用力の低下と事業への影響
ダウンラウンドは市場に対して「成長が鈍化している企業」というシグナルを送ることになります。顧客、特に大企業との取引において、企業の将来性に対する懸念から新規契約の獲得が困難になったり、既存契約の更新を見送られるケースが発生します。SaaSビジネスなど長期契約が前提のサービスでは、この影響は特に深刻です。
また、パートナー企業との協業においても、相手企業がリスクを懸念して提携に消極的になる可能性があります。資金調達のニュースは必ず公になるため、競合他社に対して弱みを見せることにもなり、営業面での不利な状況を生み出します。さらに、次回以降の資金調達においても、ダウンラウンドの実績は投資家の投資判断にネガティブな影響を与え続けます。
ダウンラウンドを回避する5つの戦略
1. デットファイナンスの活用
エクイティによる調達を避け、銀行借入や社債発行などのデットファイナンスを活用することで、株式の希薄化を回避できます。日本政策金融公庫や、信用保証協会の制度融資は、スタートアップでも比較的利用しやすい選択肢です。また、ベンチャーデットと呼ばれる成長企業向けの融資商品も増えており、売上が安定している企業であれば、年商の3-6ヶ月分程度の調達が可能です。
デットファイナンスは返済義務があるものの、経営権の希薄化を避けながら事業を継続できるため、一時的な資金需要への対応や、次のエクイティ調達までの橋渡しとして有効な手段となります。

2. ブリッジファイナンスによる評価額の先送り
J-KISSやコンバーティブルノートなどの転換型の資金調達手法を用いることで、現時点でのバリュエーション決定を先送りできます。これらの手法では、将来の本格的な資金調達時に一定の割引率で株式に転換される仕組みとなっており、現在の厳しい評価を避けることが可能です。
特にJ-KISSは日本のスタートアップ向けに設計された標準契約書であり、交渉コストを抑えながら迅速な資金調達が実現できます。市場環境の改善や事業の成長を待つ時間を確保できるため、短期的な市場の変動に左右されない資本政策が可能となります。

3. 既存投資家からの追加出資
既存投資家からプロラタ(持分比率維持)での追加出資を受けることで、新規投資家を入れずに資金調達を完了させる戦略です。既存投資家は企業の状況を深く理解しているため、一時的な困難を乗り越える意思があれば、前回と同じ評価額での追加投資に応じる可能性があります。
この方法は、対外的にダウンラウンドのシグナルを送らずに済むという大きなメリットがあります。ただし、既存投資家の資金力や投資方針に依存するため、日頃からの丁寧なコミュニケーションが不可欠です。
4. 事業の選択と集中による燃焼率の削減
不採算事業からの撤退や人員の最適化により、月次の資金燃焼率(バーンレート)を大幅に削減することで、調達の必要性自体を減らす戦略です。具体的には、コア事業への集中、オフィスの縮小、外注費の内製化などにより、ランウェイ(資金が尽きるまでの期間)を18ヶ月以上に延長することを目指します。
この期間を使って主要KPIを改善し、次回調達時により良い条件を引き出すことが可能となります。一時的な成長スピードの鈍化と引き換えに、長期的な企業価値の最大化を図る戦略です。

5. 戦略的な事業売却やアライアンス
一部事業の売却や大手企業との資本業務提携により、評価額を維持しながら資金を確保する方法です。非コア事業や地域展開の権利を売却することで、まとまった資金を得られる可能性があります。また、事業会社からの戦略的出資は、純粋な財務投資家と比べて事業シナジーを評価するため、より高い評価額での調達が期待できます。
ダウンラウンドに直面した際の対処法
ステークホルダーへの透明性の高いコミュニケーション
ダウンラウンドが避けられない状況になった場合、最も重要なのは全てのステークホルダーに対する誠実で透明性の高いコミュニケーションです。まず既存投資家には、現状の課題と今後の成長戦略を詳細に説明し、理解と協力を求める必要があります。希薄化防止条項の適用方法や、追加出資の可能性について早期に協議を開始することで、最悪のシナリオを回避できる可能性が高まります。
従業員に対しては、全社会議を通じて、ダウンラウンドの背景と今後の方向性を率直に共有することが重要です。不確実性が最も士気を下げる要因となるため、経営陣からの明確なメッセージと、再成長への具体的なロードマップを示すことで、組織の結束を保つことができます。
ストック・オプションの再設計による人材リテンション
ダウンラウンドにより既存のストック・オプションが無価値化した場合、優秀な人材を引き留めるための新たなインセンティブ設計が不可欠です。具体的には、新しい株価を基準とした追加のストック・オプション発行や、業績連動型のリテンションボーナスの導入を検討します。
特に重要なのは、キーパーソンに対する個別のリテンションプランです。CTOやプロダクトマネージャーなど、事業の中核を担う人材には、通常より大きなインセンティブパッケージを用意し、最低でも2年間のコミットメントを確保することが重要です。また、行使価格の再設定も選択肢の一つですが、これには既存投資家の承認が必要となるため、慎重な交渉が求められます。
短期的な成果創出と次回調達への準備
ダウンラウンドで調達した資金を最大限有効活用し、12-18ヶ月以内に明確な成果を出すことが、次回調達での評価回復への鍵となります。まず達成可能な短期目標を設定し、四半期ごとのマイルストーンを明確化します。特に収益性の改善、主要KPIの向上、新規大口顧客の獲得など、投資家にアピールできる具体的な成果にフォーカスすることが重要です。
同時に、より保守的な財務計画を策定し、バーンレートを抑制しながらランウェイを最大化する必要があります。想定より早く黒字化を達成できれば、次回調達の交渉力が大幅に向上します。また、ダウンラウンドの経験を糧に、より現実的で達成可能な事業計画を構築することで、投資家からの信頼回復につながります。
市場環境の改善を待つだけでなく、自社の実力で評価を押し上げる努力を続けることが、ダウンラウンドからの真の回復には不可欠です。
まとめ
ダウンラウンドは、前回より低い評価額での資金調達を指し、市場環境の変化や事業成長の停滞など、外的・内的要因により発生します。その影響は、創業者の持分希薄化、組織の士気低下、対外的な信用力の低下と多岐にわたり、企業の成長に大きな制約をもたらします。
これを回避するには、デットファイナンスの活用、ブリッジファイナンスによる評価額の先送り、既存投資家からの追加出資、事業の選択と集中、戦略的提携など、複数の選択肢を検討することが重要です。
やむを得ずダウンラウンドに直面した場合は、ステークホルダーへの透明性の高いコミュニケーション、ストックオプションの再設計、短期的な成果創出に注力し、次回調達での評価回復を目指すことが求められます。ダウンラウンドは必ずしも失敗ではなく、適切な対応により再成長への転換点とすることが可能です。
本記事が参考になれば幸いです。