- OJTとは
- スタートアップにおけるOJTの重要性と特徴
- OJTの基本的な仕組みと進め方
- スタートアップがOJTで直面する3つの課題
- 効果的なOJT実施のための4ステップ
スタートアップにとって、限られたリソースで即戦力人材を育成することは生存と成長のポイントとなります。OJT(On-the-Job Training)は、実務を通じて効率的にスキルを習得できる最適な手法ですが、多くのスタートアップが「教育の属人化」「リソース不足」「急成長時の品質維持」という課題に直面しています。
本記事では、これらの課題を解決し、組織の成長フェーズに応じて進化できるOJTの仕組みづくりについて解説します。
OJTとは
OJTの定義と基本概念
OJT(On-the-Job Training)とは、実際の職場で日常業務を通じて必要な知識やスキルを習得する教育訓練手法です。新入社員や異動者が、先輩社員の指導のもとで実務を進めながら学ぶことで、理論と実践を同時に身につけることができます。
従来の座学研修とは異なり、実際の業務環境で顧客対応や問題解決を経験することで、即戦力となる実践的なスキルを効率的に習得できるのが最大の特徴です。スタートアップでは特に、限られた時間とコストで最大の教育効果を得られる手法として重視されています。
OJTとOff-JTの違いと使い分け
OJTに対して、Off-JT(Off-the-Job Training)は職場を離れて行う研修を指します。セミナーや集合研修、eラーニングなどが該当し、体系的な知識習得や理論学習に適しています。
効果的な人材育成には両者の組み合わせが重要です。例えば、業界知識や自社プロダクトの基礎理解はOff-JTで効率的に学習し、顧客対応や実際の開発作業といった実践スキルはOJTで習得するという使い分けが理想的です。
スタートアップでは、Off-JTを最小限に抑えつつ、OJTを中心とした実践重視の教育体系を構築することで、素早い戦力化を実現できます。重要なのは、それぞれの特性を理解し、学習目標に応じて適切に選択することです。
スタートアップにおけるOJTの重要性と特徴
なぜスタートアップでOJTが不可欠なのか
スタートアップにおいて、OJT(On-the-Job Training)は単なる教育手法ではなく、組織の成長と生存に直結する重要な戦略です。限られた資金と時間の中で、新メンバーを即戦力として育成することが求められるスタートアップでは、実務を通じて学ぶOJTが最も効率的な人材育成手法となります。
外部研修や長期間の座学教育に投資する余裕がない中で、実際の業務を進めながら必要なスキルを習得できるOJTは、コスト効率と実践性の両面で優れています。また、変化の激しいビジネス環境において、リアルタイムで市場の動きや顧客のニーズを学べることも大きな利点です。
スタートアップ特有のOJTの特徴
大企業のOJTとスタートアップのOJTには明確な違いがあります。スタートアップでは、体系化された研修プログラムや専任の教育担当者を置く余裕がないことがほとんどです。そのため、全員が教育者であり学習者であるという相互学習の文化が自然と形成されます。
また、スタートアップのOJTは業務の幅が広く、一人が複数の役割を担うことが前提となります。営業担当がカスタマーサクセスの業務を学んだり、エンジニアがビジネス側の視点を身につけたりと、クロスファンクショナルな学習が日常的に行われます。この環境は、メンバーの成長速度を加速させ、組織全体の柔軟性を高める効果があります。
急成長を支える人材育成の仕組み
スタートアップが急成長フェーズに入ると、採用人数が急増し、既存メンバーの知識やノウハウを効率的に継承することが課題となります。この段階でOJTの仕組みが整っていないと、サービス品質のばらつきや組織文化の希薄化といった問題が発生します。
そのため、早期からOJTの基盤を構築し、成長に応じて段階的に体系化していくことが重要です。最初は簡単なチェックリストやNotionページから始め、徐々にロールプレイングや評価基準を整備していくアプローチが効果的です。このように、スタートアップのOJTは組織の成長とともに進化する、生きた仕組みとして設計することが成功の鍵となります。
OJTの基本的な仕組みと進め方
OJTとOff-JTの戦略的な使い分け
スタートアップにおける効果的な人材育成は、OJTとOff-JT(Off-the-Job Training)を適切に組み合わせることから始まります。OJTは実務を通じた実践的なスキル習得に優れ、Off-JTは体系的な知識の習得や理論的な理解を深めるのに適しています。
例えば、プロダクトの基本知識や業界理解といった共通の土台となる内容は、Off-JTで効率的に学習し、その後の顧客対応や実際の開発業務といった実践的なスキルはOJTで身につけるという流れが理想的です。スタートアップでは、週に1回程度の勉強会でOff-JTを実施し、残りの時間をOJTに充てるといったバランスが現実的でしょう。
メンター制度を活用した伴走型支援
OJTを効果的に機能させるためには、新メンバーに対して一人のメンターを配置する制度が有効です。メンターは単に業務を教えるだけでなく、心理的安全性を確保しながら新メンバーの成長を支援する伴走者としての役割を担います。
メンター選定の際は、業務スキルの高さだけでなく、コミュニケーション能力や教育への意欲を重視することが重要です。年齢やバックグラウンドが近い先輩社員を配置することで、新メンバーが質問しやすい環境を作ることができます。また、メンター自身の業務負荷を考慮し、教育活動を正式な業務として認識し、適切な時間配分を行うことも欠かせません。
実践的な4段階指導法の活用
OJTの具体的な指導方法として、「Show・Tell・Do・Check」の4段階指導法が効果的です。まず「Show」で実際の業務を見せ、「Tell」で手順や注意点を説明し、「Do」で実践してもらい、最後に「Check」で振り返りと改善点の確認を行います。
この手法をスタートアップで実施する際のポイントは、各段階を短いサイクルで回すことです。完璧を求めすぎず、60〜70%の理解度で次のステップに進み、繰り返しの中で精度を高めていくアプローチが、限られた時間で成果を出すために有効です。また、CheckフェーズではポジティブなフィードバックとPDCAを重視し、新メンバーの自信とモチベーションを維持しながら成長を促進させることが重要となります。
スタートアップがOJTで直面する3つの課題
課題1:教育リソースの慢性的な不足
スタートアップが最も苦労するのは、教育に割ける人的リソースの絶対的な不足です。既存メンバーは複数のプロジェクトを抱え、日々の業務に追われる中で、新メンバーの教育時間を確保することが困難になりがちです。特にシリーズA前後の急成長期には、採用は加速する一方で、教育体制が追いつかないという状況が頻繁に発生します。
この問題は単に時間の問題だけでなく、教育スキルを持った人材の不足という側面もあります。優秀なプレイヤーが必ずしも優秀な教育者とは限らず、「仕事はできるが教えるのは苦手」というメンバーに教育を任せざるを得ない状況が、新メンバーの成長を阻害する要因となることがあります。
課題2:知識とスキルの属人化
スタートアップでは、創業メンバーや初期メンバーが持つ暗黙知が組織の競争力の源泉となっていることが多くあります。しかし、これらの知識やノウハウが個人に依存し、体系化されていない状態では、組織の拡大とともに品質のばらつきや業務の非効率化を招きます。
「あの人に聞かないとわからない」「やり方は人それぞれ」という状況が常態化すると、新メンバーは混乱し、何が正解なのかわからないまま業務を進めることになります。また、キーパーソンが退職した際に、重要なノウハウが失われるリスクも高まります。この属人化の問題は、サービス品質の低下や顧客満足度の低下に直結する深刻な課題です。
課題3:スケール時の教育品質の維持
月に数名だった採用が、資金調達後に月10名以上になるといった急激な規模拡大は、スタートアップではよくある光景です。しかし、このような急速な人員増加に対して、従来の個別対応型のOJTでは対応しきれなくなります。
教育の質を保ちながら量的拡大に対応するためには、標準化された教育プログラムやツールの整備が必要ですが、これらを準備する時間的余裕がないまま採用が進んでしまうケースが多く見られます。結果として、教育を受けた時期やトレーナーによって、メンバーのスキルレベルに大きな差が生じ、「OJTガチャ」と揶揄されるような状況を生み出してしまいます。このような教育格差は、チーム内の不公平感や組織全体のパフォーマンス低下につながる重大な問題となります。
効果的なOJT実施のための4ステップ
ステップ1:明確な目標設定と育成計画の作成
効果的なOJTは、曖昧な目標設定では実現できません。まず組織として「3ヶ月後にどのレベルまで到達してほしいか」を具体的に定義することから始めます。スタートアップでは、例えば「独力で顧客対応ができる」「基本的な機能開発を任せられる」といった、実務に直結した明確な到達点を設定することが重要です。
目標設定にはSMARTの法則を活用し、測定可能で期限が明確な目標を立てます。さらに、最終目標に向けたマイルストーンを週単位で設定し、段階的な成長を可視化します。この計画は新メンバーと共有し、双方が同じゴールイメージを持つことで、効率的な学習を促進します。

ステップ2:学習コンテンツの体系化と整備
属人化を防ぐためには、業務知識やスキルを体系的に整理し、誰でもアクセスできる形で保存することが不可欠です。NotionやConfluenceなどのツールを活用し、業務マニュアル、よくある質問集、ロールプレイング用のシナリオなどを一元管理します。
重要なのは、完璧を求めすぎないことです。まずは既存メンバーが持つナレッジを箇条書きレベルでも良いので文書化し、徐々に充実させていくアプローチが現実的です。動画での業務説明や、実際の商談録画なども効果的な学習コンテンツとなります。これらを新メンバー自身が学習を進めながら改善提案できる仕組みを作ることで、継続的なアップデートが可能になります。
ステップ3:実践とフィードバックのサイクル構築
OJTの核心は、実践と振り返りの繰り返しにあります。新メンバーには、最初は簡単なタスクから始め、成功体験を積みながら徐々に難易度を上げていきます。例えば、カスタマーサクセスであれば、まず既存顧客への定型的な連絡から始め、次に問い合わせ対応、そして新規顧客のオンボーディングへと段階的に進めます。
各段階では必ずロールプレイングや実務での実践を行い、その直後にフィードバックセッションを設けます。フィードバックは具体的な行動レベルで行い、良かった点を必ず先に伝えてから改善点を示すことで、心理的安全性を保ちます。

ステップ4:定期的な振り返りと改善
週次での1on1ミーティングを設定し、学習の進捗確認と課題の早期発見を行います。この振り返りでは、新メンバーの自己評価とメンターの評価を突き合わせ、認識のギャップがあれば丁寧にすり合わせます。
また、OJTプログラム自体の改善も重要です。新メンバーからのフィードバックを積極的に収集し、教育コンテンツや進め方を継続的にアップデートします。スタートアップの成長に合わせてOJTも進化させることで、常に最適な教育体制を維持することができます。

OJTトレーナーの選定と育成方法
適切なトレーナー選定の基準
OJTの成否は、トレーナーの質に大きく左右されます。スタートアップでトレーナーを選定する際、業務成績の高さだけで判断するのは危険です。優秀なプレイヤーが必ずしも優秀な教育者とは限らないからです。選定基準として重視すべきは、コミュニケーション能力、忍耐力、そして何より「人の成長を喜べる」マインドセットです。
具体的な選定ポイントとして、日頃から他メンバーへの情報共有を積極的に行っているか、質問に対して丁寧に答えているか、自分の失敗経験を素直に共有できるかといった行動特性を観察します。また、新メンバーとの相性も考慮し、年齢やキャリアバックグラウンドが近い人材を選ぶことで、心理的距離を縮めやすくなります。トレーナー候補には事前に役割と期待値を明確に伝え、本人の意欲を確認することも欠かせません。
トレーナー向けの研修プログラム設計
トレーナーに任命したメンバーに対しては、教育スキルを身につけるための研修が必要です。しかし、リソースが限られるスタートアップでは、外部研修に頼ることは現実的ではありません。そこで、社内で実施できる実践的なトレーナー育成の仕組みを構築します。
まず、ティーチングとコーチングの基本的な違いや、フィードバックの与え方といった教育の基礎知識を、1〜2時間程度のワークショップ形式で共有します。次に、実際のOJT場面を想定したロールプレイングを行い、教える側の難しさを体験してもらいます。さらに、過去の成功事例や失敗事例を共有し、具体的な対処法を学ぶケーススタディも効果的です。これらの研修は録画しておき、新たなトレーナーが後から視聴できるようにすることで、教育の効率化を図ります。
トレーナーを支える仕組みづくり
トレーナーが孤立しないよう、組織全体でサポートする体制構築が重要です。まず、トレーナーの業務負荷を適切に調整し、教育活動を正式な業務として評価に組み込みます。目安として、新メンバー一人あたり週5〜10時間程度の教育時間を確保できるよう、他の業務を調整します。
また、トレーナー同士の情報交換の場を定期的に設けることも効果的です。週次または隔週でトレーナーミーティングを開催し、教育上の課題や成功事例を共有します。このミーティングでは、新メンバーの成長を称賛し合うことで、トレーナーのモチベーション維持にもつながります。さらに、教育用のテンプレートやチェックリストを共同で作成・改善することで、属人化を防ぎながら教育の質を向上させることができます。トレーナーの努力と成果を可視化し、組織として評価する文化を醸成することが、持続可能なOJT体制の鍵となります。
OJTを成功させるための評価と改善の仕組み
成長を可視化する評価指標の設定
OJTの効果を測定し改善につなげるためには、定量的・定性的な評価指標の設定が不可欠です。スタートアップでは、複雑な評価システムよりも、シンプルで実用的な指標を選ぶことが重要です。例えば、業務の独り立ちまでの期間、特定タスクの完了時間、顧客対応の品質スコアなど、実務に直結した測定可能な指標を3〜5個程度設定します。
評価は段階的に行い、週次では簡単なチェックリスト、月次では詳細なスキル評価シートを活用します。重要なのは、新メンバー自身による自己評価とトレーナーによる評価の両方を実施し、認識のギャップを可視化することです。このギャップから、教育方法の改善点や新メンバーの理解不足な領域を特定できます。また、評価結果は必ず新メンバーと共有し、次の学習目標設定に活用することで、成長の実感とモチベーション向上につなげます。
フィードバックループの構築と運用
効果的なOJTには、多方向からのフィードバックを集約し、改善に活かす仕組みが必要です。新メンバーからは教育内容の分かりやすさや進行速度について、トレーナーからは教育負荷や必要なサポートについて、そして実務で関わる他メンバーからは新メンバーのパフォーマンスについてフィードバックを収集します。
収集方法は、週次の1on1での対話に加え、月次での簡単なアンケートフォームを活用すると効率的です。特に新メンバーが遠慮なく意見を言えるよう、匿名でのフィードバック機会も設けます。集まったフィードバックは、OJT責任者が取りまとめ、共通課題を抽出して優先順位をつけて改善に取り組みます。改善した内容は必ず関係者に共有し、フィードバックが実際の変化につながることを示すことで、継続的な改善提案を促します。
PDCAサイクルによる継続的な改善
OJTプログラムは、一度作って終わりではなく、組織の成長に合わせて進化させ続ける必要があります。四半期ごとにOJT全体の振り返りを実施し、目標達成度、課題、改善施策を明確にします。この振り返りには、経営層も巻き込むことで、教育投資の重要性を組織全体で共有します。
改善のポイントは、小さく始めて素早く検証することです。例えば、新しい教育コンテンツを全面導入する前に、一部の新メンバーでテスト運用し、効果を確認してから展開します。また、改善の成果は定期的に数値化し、教育期間の短縮率や定着率の向上といった形で可視化します。成功事例は社内で積極的に共有し、OJTの価値を組織全体に浸透させます。このようなPDCAサイクルを回し続けることで、スタートアップの急速な変化に対応できる、柔軟で効果的なOJT体制を維持することができます。
まとめ
スタートアップにおけるOJTは、限られたリソースで最大の成果を生み出すための戦略的な取り組みです。成功の鍵は、属人化を防ぐ仕組みづくりと、組織の成長に合わせた段階的な体系化にあります。
まず明確な目標設定と育成計画を作成し、Notionなどのツールでナレッジを集約。次にShow・Tell・Do・Checkの4段階指導法で実践的な学習を進め、定期的な振り返りで改善を重ねます。トレーナーの選定では、業務スキルだけでなく教育マインドを重視し、組織全体でサポートする体制を構築することが重要です。
OJTは一度構築して終わりではなく、PDCAサイクルを回しながら継続的に進化させる必要があります。新メンバーの成長が組織の成長に直結するという意識を持ち、教育投資を惜しまない文化を醸成することで、スケールする組織基盤が築けるでしょう。
本記事が参考になれば幸いです。