J-KISSとは?スタートアップの資金調達を変える新株予約権を解説

シード期のスタートアップにとって、迅速な資金調達は事業成功の鍵を握ります。従来の融資や第三者割当増資では時間とコストがかかり、企業価値の算定も困難でした。そこで注目されているのが「J-KISS」という新しい資金調達手法です。

新株予約権を活用したこの仕組みは、バリュエーション交渉を先送りしながら約1ヶ月でのスピード調達を実現します。

本記事では、J-KISSの基本的な仕組みから実際の手続き方法、他の資金調達方法との比較まで、スタートアップが知っておくべき情報を解説します。

目次

J-KISSとは?日本のスタートアップ向け資金調達手法の基本

J-KISSの定義と概要

J-KISS(Japan – Keep It Simple Security)は、シード期のスタートアップ企業が迅速かつ簡易に資金調達を行うための新株予約権を用いた資金調達手法です。500 Startups Japan(現株式会社Coral Capital)によりアメリカで普及している「KISS」の日本版としてパッケージが無償公開されています。

J-KISSは「簡単に早くシンプルに」をコンセプトとして設計されており、企業価値の算定が困難なシード期において、バリュエーション交渉を先送りしながら資金調達を可能にする手法です。投資家は有償で新株予約権を取得し、将来の資金調達ラウンド(主にシリーズA)において、予め定められた条件で株式に転換されます。

あわせて読みたい
新株予約権とは?基礎知識から活用方法まで解説 この記事でわかること 新株予約権の基本概念や特徴 新株予約権のメリット・デメリット 新株予約権の種類 新株予約権の活用方法 将来、特定の条件で企業の株式を取得でき...
あわせて読みたい
スタートアップの資金調達方法7選を解説 この記事でわかること スタートアップにおける資金調達の方法 スタートアップの成長ステージ別資金調達戦略 最適な資金調達戦略の選び方 スタートアップの成功に不可欠...

コンバーティブル・エクイティとしての位置づけ

J-KISSは、コンバーティブル・エクイティ(転換型株式)と呼ばれる投資手法の一種です。コンバーティブル・エクイティとは、投資時点では新株予約権として発行され、将来の特定条件下で株式に転換される金融商品を指します。

従来の融資とは異なり返済義務がなく、通常の株式発行と比べて契約締結が簡素化されているため、特にシード期のスタートアップにとって理想的な資金調達手段となっています。アメリカではシード期の約50%がこの手法を活用していますが、日本では約10%程度の利用にとどまっているのが現状です。

出典:経済産業省「コンバーティブル投資手段」活用ガイドライン

あわせて読みたい
エクイティファイナンスとは?種類やメリット・デメリットを解説 この記事でわかること エクイティファイナンスの概要 エクイティファイナンスの種類 エクイティファイナンスに適している企業・適していない企業 事業拡大や新規投資を...

J-KISSの基本的な特徴

J-KISSには以下のような特徴があります。

①投資時点でのバリュエーション交渉が不要であることです。企業価値の算定を次回ラウンドまで先送りできるため、正確な評価が困難なシード期でも迅速に資金調達が可能になります。

②標準化された契約書テンプレートが公開されているため、投資家との交渉項目が限定され、リーガルコストを大幅に削減できます。主な交渉項目は、転換条件となるディスカウント率(通常20%)、バリュエーションキャップ、転換期限(通常18ヶ月)、適格資金調達の基準額(通常1億円以上)の4つに絞られています。

③J-KISSによる調達は負債ではなく資本として扱われるため、会社のバランスシート上で負債計上されず、財務健全性を保ちながら成長資金を確保できる点も大きなメリットです。

J-KISSが生まれた背景と日本の課題

アメリカのシリコンバレーから始まった革新

J-KISSの原型となる「KISS」は、アメリカのシリコンバレーで開発された資金調達手法です。シリコンバレーでは、スタートアップ企業が短期間で複数回の資金調達を行うことが一般的であり、そのたびに複雑な企業価値算定や契約交渉を行うことは非効率的でした。

KISSやSAFE(Simple Agreement for Future Equity)といったコンバーティブル投資手段の普及により、シード期の資金調達が劇的に効率化されました。現在、アメリカのシード期資金調達の約50%がこれらの手法で行われており、スタートアップエコシステムの発展に大きく貢献しています。

この成功を受けて、日本でも同様の仕組みを導入する必要性が高まり、2016年にCoral Capitalが日本の法制度に適合したJ-KISSを公開しました。

日本のシード期資金調達における課題

日本のスタートアップ市場では、シード期の資金調達手段が長年にわたって未成熟な状態が続いていました。従来の主な選択肢は銀行融資と第三者割当増資でしたが、それぞれに大きな課題がありました。

銀行融資では、まだ収益が安定していないシード期のスタートアップに対して審査が厳しく、返済義務があるため財務負担が重くなりがちです。

一方、第三者割当増資では、企業価値の算定が困難な段階で株価を決定する必要があり、創業者にとって不利な条件での資金調達を余儀なくされることが多くありました。

さらに、投資契約の交渉や法務手続きに時間とコストがかかるため、迅速な資金調達が困難という課題も存在していました。これらの要因により、日本のシード期投資額は他の先進国と比較して低い水準にとどまっていました。

あわせて読みたい
スタートアップの投資契約で確認すべき条項と交渉術を解説 スタートアップが成長資金を調達する際、投資契約の内容を十分理解せずに締結してしまうと、将来的に経営の自由度を失ったり、予期しない買取義務を負ったりするリスク...

コロナ禍で加速した資金調達ニーズ

新型コロナウイルスの流行は、日本のスタートアップ資金調達環境にさらなる変化をもたらしました。経済の不確実性が高まる中で、既存企業も資金繰りに苦しむ状況となり、新興企業への投資はより慎重になりました。

このような状況下で、従来の時間のかかる資金調達手法では、スタートアップ企業の生存が困難になるケースが増加しました。経済産業省も「コンバーティブル投資手段」活用ガイドラインを策定し、新型感染症との共存時代における有効な資金調達手法として、J-KISSなどのコンバーティブル・エクイティを推奨するようになりました。

政策面での後押しと普及への期待

2024年度の税制改正により、J-KISSがエンジェル税制の対象に加わったことは、日本のスタートアップエコシステム強化にとって重要な転換点となりました。これまでJ-KISSによる投資はエンジェル税制の控除対象外でしたが、新株予約権の行使時に株式取得費用として控除が可能になりました。

この税制改正により、個人投資家にとってJ-KISSを活用した投資の魅力が大幅に向上し、スタートアップへの資金流入促進が期待されています。日本のコンバーティブル投資手段の利用率向上と、国際競争力のあるスタートアップエコシステムの構築に向けて、J-KISSの役割はますます重要になっています。

J-KISSの仕組みと転換条件を詳しく解説

J-KISSの基本的な仕組み

J-KISSは、投資家が会社に資金を提供する代わりに新株予約権を取得し、将来の特定条件下で株式に転換される仕組みです。投資時点では株式数や株価は確定せず、転換時に次回ラウンドの条件に基づいて決定されます。

具体的には、スタートアップが新株予約権を発行し、投資家がこれを有償で引き受けます。例えば、投資家が1,000万円を投資する代わりに新株予約権1個を取得した場合、この段階では何株に相当するかは未確定です。転換条件が満たされた時点で、予め定められた計算式に基づいて株式数が決定され、実際の株式に転換されます。

この仕組みにより、企業価値の算定が困難なシード期でも迅速な資金調達が可能になり、投資家には将来的な優遇条件での株式取得機会が提供されます。

3つの転換トリガー条件

J-KISSが株式に転換される条件は、主に3つのトリガーがあります。最も一般的なのが「適格資金調達」の実行です。これは通常、1億円以上の株式による資金調達(シリーズAなど)が行われた場合を指し、J-KISS投資家は次回ラウンドと同種の株式を優遇条件で取得できます。

2つ目は「転換期限の経過」で、通常18ヶ月以内に適格資金調達が発生しなかった場合、投資家の判断により普通株式への転換が可能になります。ただし、転換にはJ-KISS投資家全体の出資金額ベースで過半数の同意が必要です。

3つ目は「買収の発生」で、会社が第三者による買収に応じることを決定した場合です。この場合、投資家は株式転換か、出資金額の2倍の現金受領かを選択できます。買収価格が低い場合の投資家保護機能として設計されています。

ディスカウント率による優遇措置

J-KISS投資家は、次回ラウンドの株価に対してディスカウント(割引)を受けられます。標準的なディスカウント率は20%(0.8倍)で、シリーズAの株価が1株10万円の場合、J-KISS投資家は8万円で同等の株式を取得できます。

このディスカウントは、企業価値が不透明なシード期にリスクを取って投資した投資家への報酬として設定されています。早期投資のメリットを明確にすることで、スタートアップにとって資金調達がしやすくなる効果があります。

バリュエーションキャップの仕組み

バリュエーションキャップは、J-KISS投資家の転換価格に上限を設ける仕組みです。例えば、バリュエーションキャップを10億円に設定した場合、次回ラウンドの企業価値が20億円になっても、J-KISS投資家は10億円ベースの転換価格で株式を取得できます。

これにより投資家は、想定以上に企業価値が上昇した場合でも、一定の投資リターンの向上が見込めます。スタートアップ側としては、バリュエーションキャップが実質的な企業価値の上限として機能するため、設定額の交渉が重要になります。

転換時の株式種類と権利

適格資金調達による転換の場合、J-KISS投資家には次回ラウンドで発行される株式と同種の種類株式が発行されます。通常、シリーズAでは優先株式が発行されるため、J-KISS投資家も同様の優先権(残余財産分配優先権、優先引受権など)を取得します。

ただし、転換価格が異なるため、優先分配額などの株価基準で決まる権利内容は調整されます。結果として、A1種とA2種のように2つの種類株式が発行されるのが一般的です。転換期限経過後や買収時の転換では普通株式が発行されます。

スタートアップがJ-KISSを選ぶメリット

迅速な資金調達の実現

J-KISSの最大のメリットは、着金までのスピードです。従来の第三者割当増資では企業価値算定、投資契約交渉、株主間契約締結などで3〜6ヶ月を要しますが、J-KISSなら順調に進めば約1ヶ月で資金調達が完了します。

これは標準化された契約書テンプレートが公開されており、主要な交渉項目がディスカウント率、バリュエーションキャップ、転換期限、適格資金調達基準の4つに限定されているためです。シード期のスタートアップにとって、事業展開のスピードが生命線となる中で、この迅速性は競合他社に対する大きなアドバンテージとなります。

バリュエーション交渉の先送り効果

シード期のスタートアップは、プロダクトが未完成でユーザーの反応も不明確なため、正確な企業価値算定が極めて困難です。この段階で無理に株価を決定すると、創業者にとって不利な条件での資金調達となるリスクがあります。

J-KISSを活用することで、企業価値の確定を事業が安定したシリーズAまで先送りできます。この間にプロダクト開発、市場検証、ユーザー獲得などの成果を積み重ねることで、より有利な条件での本格的な資金調達が期待できます。

ただし、バリュエーションキャップの設定により完全な先送りではない点には注意が必要です。適切なキャップ設定により、創業者の持分希薄を最小限に抑えながら、投資家にも魅力的な条件を提供できるバランスが重要です。

財務負担の軽減と柔軟性

J-KISSによる資金調達は負債ではなく資本として扱われるため、バランスシート上の負債計上がありません。これにより、会社の財務健全性を保ちながら成長資金を確保できます。銀行融資のような元本返済や利息支払いの義務もないため、キャッシュフローへの負担を最小限に抑えられます。

さらに、J-KISSでは柔軟なインセンティブ設計が可能です。例えば、事業会社との協業案件では、製品開発の完了や許認可取得などの事業マイルストーンを転換条件に設定できます。これにより、投資家とスタートアップが共通の目標に向かってコミットできる仕組みを構築できます。

コスト効率の向上

従来の株式による資金調達では、企業価値算定費用、契約書作成やレビューにかかる法務コストなどにより、一定の初期費用が発生するケースが少なくありません。J-KISSでは、これらのコストを大幅に削減できます。

契約書のひな形が無償公開されており、弁護士や税理士などの専門家によるレビューも完了しています。個別修正が必要な場合でもリーガルチェックの負担が軽減されます。また、新株予約権の発行に伴う登録免許税などの発行コストも、通常の株式発行と比較して低額に抑えられます。

シード期の限られた資金を事業開発に集中投入できることは、スタートアップの成長戦略において極めて重要な要素です。

エンジェル税制への対応

2024年度の税制改正により、J-KISSがエンジェル税制の対象となったことで、個人投資家からの資金調達がより魅力的になりました。新株予約権行使時に、投資額をエンジェル税制の控除対象とすることができ、投資家にとってのメリットが大幅に向上しています。

この制度改正により、エンジェル投資家からの資金調達機会が拡大し、スタートアップにとってより多様な資金調達選択肢が確保されました。

J-KISSのデメリットと注意すべきポイント

バリュエーションキャップによる実質的な価格固定

J-KISSの最大の注意点は、バリュエーションキャップの設定によって企業価値が事実上固定化してしまうリスクです。本来、バリュエーション決定の先送りがメリットとされていますが、キャップが低く設定されると、次回ラウンドでの企業価値向上の恩恵を十分に受けられません。

例えば、バリュエーションキャップを5億円に設定し、シリーズAで企業価値が20億円まで上昇した場合でも、J-KISS投資家は5億円ベースでの転換となるため、創業者の持分が想定以上に希薄化される可能性があります。実質的に通常の株式発行と変わらない結果となり、J-KISSを選択するメリットが失われてしまいます。

適切なキャップ設定のためには、将来の成長見通しを慎重に検討し、投資家との交渉において創業者の利益を適切に保護する必要があります。

株式希薄化リスクの複雑性

J-KISSでは、転換時の株式希薄化の程度が複数の変数によって決定されるため、事前の予測が困難です。ディスカウント率とバリュエーションキャップのうち、より投資家に有利な条件が適用されるため、創業者が想定していた以上の持分希薄が発生する可能性があります。

特に、次回ラウンドのバリュエーションが当初予想を下回った場合、ディスカウントによってさらに安い価格での転換が行われ、創業者の持分が大幅に減少するリスクがあります。また、転換期限内に適格資金調達が実現しなかった場合、バリュエーションキャップでの強制転換となり、創業者にとって不利な結果となる可能性もあります。

これらのリスクを回避するためには、事前に様々なシナリオでの希薄化シミュレーションを行い、許容範囲内の条件設定を心がけることが重要です。

複雑な仕組みの理解不足リスク

J-KISSは一見シンプルに見えますが、実際の転換条件や投資家権利は複雑な構造になっています。創業者がこれらの仕組みを十分に理解しないまま契約を締結すると、将来の資本政策に予期せぬ影響を与える可能性があります。

特に、J-KISS 2.0では従来版と計算方法が変更されており、バリュエーションキャップの意味が「プレバリュー」から「ポストバリュー」に変更されています。この違いを理解せずに同条件での追加調達を行うと、実質的なバリュエーション低下を招く恐れがあります。

また、転換時に発行される種類株式の権利内容(残余財産分配権、優先引受権など)についても、事前に十分な検討が必要です。

国内での普及不足による実務課題

J-KISSは契約書のひな形が無償で公開されており、標準的な内容であればリーガルコストを抑えやすいというメリットがあります。ただし、条項の修正や企業特有の事情に合わせた対応が必要な場合には、法務・税務の専門家によるレビューが必要となり、結果として一定のコストが発生することもあります。特にJ-KISSに精通した専門家はまだ限られているため、想定以上の時間やコストがかかるケースもある点には注意が必要です。

また、シリーズA以降の投資家がJ-KISSに馴染みがない場合、転換時の条件交渉が複雑化することもあります。特に従来の日本型VC投資に慣れた投資家との間では、J-KISS投資家の権利関係について詳細な調整が必要になるケースがあります。

これらの課題を軽減するためには、J-KISSの実績豊富な専門家を事前に確保し、将来の投資家候補との事前相談も検討することが推奨されます。

上場企業投資時の会計処理課題

上場企業がJ-KISSによる投資を行う場合、投資時点およびその後の会計処理において公正価値評価が会計監査上で求められることがあります。そのため、上場企業からのJ-KISSでの投資を受け入れる場合には、評価負担等に関する事前確認が重要になります。

J-KISSの手続きと必要な準備

事前準備と条件設定

J-KISSによる資金調達を開始する前に、まず重要な条件設定を行う必要があります。主要な検討項目は4つです。まず「適格資金調達の基準額」で、通常はシリーズAを想定して1億円以上に設定します。次に「ディスカウント率」で、標準的には20%(0.8倍)ですが、市場環境や投資家との関係性に応じて調整します。

「バリュエーションキャップ」の設定は最も重要で、将来の成長見通しと現在の企業価値を慎重に検討して決定します。キャップが低すぎると創業者の希薄化が過大になり、高すぎると投資家の魅力が薄れます。最後に「転換期限」で、通常は18ヶ月に設定しますが、事業の性質や資金調達計画に応じて調整可能です。

これらの条件設定には、将来の資本政策シミュレーションが不可欠です。様々なシナリオでの株式希薄化を事前に計算し、創業者にとって許容可能な範囲内で条件を決定することが重要です。

あわせて読みたい
資本政策とは?目的と手法、失敗しないための重要ポイントを解説 「資本政策」という言葉を経営の場面でよく耳にするものの、実務で体系的に扱う機会は意外と限られているのが実情です。 資本政策は企業の成長戦略の根幹を支える重要な...

株主総会決議と契約書準備

J-KISSは新株予約権の発行であるため、会社法に基づく株主総会の特別決議が必要です。株主総会では、発行する新株予約権の総数、発行価額、行使価額、行使期間、その他の発行条件を決議します。シード期であれば創業者が100%株主のケースが多いため、手続きは比較的簡素です。

契約書については、Coral Capitalが公開している標準テンプレートを活用できます。ただし、前述の4つの主要条件は個別に設定する必要があります。契約書の内容は投資契約と新株予約権発行要項で構成され、投資家の権利(優先引受権、情報開示請求権など)も含まれています。

標準テンプレートを修正する場合は、契約書冒頭にその旨を明記することが推奨されています。修正内容によっては投資家との詳細な交渉が必要になり、J-KISSの簡素化というメリットが薄れる可能性もあるため注意が必要です。

登記手続き

新株予約権の発行には法務局での登記申請が必要です。登記事項には、新株予約権の数、新株予約権の発行価額、新株予約権の行使により発行する株式の数、新株予約権の行使価額などが含まれます。登録免許税は資金調達額に関係なく9万円です。

登記申請書類には、株主総会議事録、、払込証明書株主リストなどが必要です。

専門家の活用と注意点

J-KISSの手続きは比較的シンプルですが、将来の資本政策への影響を考慮すると、経験豊富な専門家のサポートを受けることが推奨されます。特に弁護士による契約書レビューと司法書士による登記手続きサポートは重要です。

ただし、J-KISSに対応できる専門家は限定的なため、事前に実績のある専門家を確保することが必要です。投資家向けの説明資料作成も重要な準備項目です。J-KISSの仕組み、転換条件、想定される転換シナリオなどを分かりやすく説明し、投資家の理解を深めることで円滑な資金調達につながります。

転換時の準備

J-KISSは発行時だけでなく、将来の転換時にも手続きが発生します。適格資金調達が実行される際には、J-KISS投資家への通知、新株予約権行使の手続き、種類株式の発行登記などが必要になります。

これらの将来手続きについても事前に理解し、適切な準備を行うことで、シリーズA等の本格的な資金調達を円滑に進めることができます。特に複数回のJ-KISS発行を予定している場合は、転換時の複雑性を考慮した資本政策の設計が重要です。

他の資金調達方法との比較(融資・第三者割当増資・VC投資)

銀行融資との比較

銀行融資は最も伝統的な資金調達手法ですが、シード期のスタートアップにとって多くの制約があります。まず、安定した収益やキャッシュフローがない段階では審査通過が困難で、仮に融資を受けられても個人保証や担保提供を求められることが一般的です。

融資は負債として計上されるため、毎月の元本返済と利息支払いが必要となり、キャッシュフローに継続的な負担をかけます。一方、J-KISSは返済義務がなく、資本として扱われるため財務健全性を保てます。

調達スピードの面では、融資審査に1-3ヶ月を要するのに対し、J-KISSは約1ヶ月で完了します。ただし、融資は株式希薄化が発生しない点で創業者にメリットがあります。資金用途に制限がある融資と比較して、J-KISSは使途の自由度が高い点も大きな違いです。

あわせて読みたい
デットファイナンスとは?種類やメリット・デメリットを解説 この記事でわかること デットファイナンスの概要 デットファイナンスの種類 デットファイナンスに適している企業・適していない企業 事業成長や運転資金の確保には、適...

第三者割当増資との比較

第三者割当増資は、新株発行により投資家から直接資金調達する手法で、スタートアップの代表的な資金調達方法です。しかし、投資実行時に企業価値の確定が必要なため、シード期の不確実性が高い段階では適正な価格設定が困難です。

投資契約交渉では、株主間契約、投資契約、定款変更など複数の契約書作成が必要で、3-6ヶ月の期間と一定のリーガルコストを要することも珍しくありません。J-KISSなら標準化された契約テンプレートにより、これらのコストと時間を大幅に削減できます。

第三者割当増資では投資実行と同時に投資家が正式な株主となり、株主総会での議決権を取得します。J-KISSは転換まで株主ではないため、経営の自由度を保ちやすい特徴があります。ただし、転換時には通常、優先株式が発行され、投資家に強い権利が付与される点は同様です。

あわせて読みたい
エンジェル投資家とは?スタートアップが知るべき探し方と出資獲得のコツ 創業間もないスタートアップにとって、資金調達は事業成長の重要なポイントとなります。その中でも、エンジェル投資家からの出資は返済義務がなく、経営ノウハウや人脈...

VC投資(優先株式発行)との比較

ベンチャーキャピタルからの本格的な投資では、通常、優先株式の発行による資金調達が行われます。この場合、詳細なデューデリジェンス、企業価値算定、複雑な投資契約交渉が必要で、調達額も数億円規模となることが一般的です。

VC投資では、残余財産分配優先権、優先引受権、拒否権など投資家に強力な権利が設定されます。また、取締役派遣や経営への関与も深くなるため、創業者の経営自由度は制限されます。一方、豊富な資金調達と経営ノウハウの提供というメリットがあります。

J-KISSは、このようなVC投資の前段階として位置づけられます。シード期にJ-KISSで迅速に資金調達し、事業が安定したシリーズAでVC投資を受けるという段階的なアプローチが可能です。J-KISS投資家は転換時にVC投資家と同等の権利を取得できるため、両者の利害関係も調整しやすくなります。

あわせて読みたい
エクイティファイナンスとは?種類やメリット・デメリットを解説 この記事でわかること エクイティファイナンスの概要 エクイティファイナンスの種類 エクイティファイナンスに適している企業・適していない企業 事業拡大や新規投資を...

各手法の使い分けと戦略的活用

資金調達手法の選択は、企業のステージ、調達金額、投資家との関係性によって決まります。シード期の少額調達(数千万円程度)ではJ-KISSが最適で、シリーズA以降の大型調達(1億円以上)では優先株式発行による本格的なVC投資が適しています。

事業性の検証が完了し安定したキャッシュフローが見込める段階では、融資も有効な選択肢となります。重要なのは、各ステージで最適な手法を組み合わせ、段階的に資金調達規模を拡大していく戦略的なアプローチです。

まとめ

J-KISSは、シード期スタートアップの資金調達において実務的な選択肢として定着しつつあるスキームです。約1ヶ月でのスピード調達、バリュエーション交渉の先送り、コスト削減など、従来手法では実現困難だった複数のメリットを同時に提供します。一方で、バリュエーションキャップの適切な設定や株式希薄化リスクの理解など、注意すべき点も存在します。

2024年のエンジェル税制対応により、個人投資家からの資金調達環境も改善されました。ただし、日本での普及はまだ途上であり、経験豊富な専門家のサポートが重要です。事業のステージと資金ニーズに応じて、J-KISSを戦略的に活用することで、より効率的な成長資金の確保が可能になるでしょう。

本記事が参考になれば幸いです。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

O f All株式会社の編集局です。ファイナンス・資本政策・IPO・経営戦略・成長戦略・ガバナンス・M&Aに関するノウハウを発信しています。

目次