利益相反取引とは?スタートアップ経営者が押さえるべき基本と実務対応

この記事でわかること
  • 利益相反取引とは?
  • 直接取引と間接取引の違いを具体例で理解する
  • スタートアップで起こりやすい利益相反取引のパターン5選
  • 取締役会設置会社・非設置会社別の承認手続き完全ガイド
  • 承認なしで取引した場合のリスクと対処法

スタートアップ経営では、創業者が取締役を兼ねるケースが多く、個人資産の貸付や関連会社との取引など、利益相反取引が発生しやすい環境にあります。しかし、適切な手続きを経ずに取引を行うと、取引の無効や損害賠償責任のリスクが生じ、資金調達やM&Aの際にガバナンス体制を疑問視される可能性もあります。

本記事では、利益相反取引の基本から直接取引・間接取引の違い、スタートアップで起こりやすい具体的なパターン、承認手続きの実務、そして予防策まで、経営者が押さえるべき知識を体系的に解説します。

目次

利益相反取引とは?

利益相反取引の定義と会社法上の位置づけ

利益相反取引とは、取締役が会社の利益を犠牲にして、自己または第三者の利益を図る取引を指します。会社法第356条では、取締役が会社と取引を行う場合に特別な規制を設けており、事前の承認手続きを義務付けています。

取締役は会社に対して善管注意義務と忠実義務を負っており、会社の利益を最優先に考えなければなりません。しかし、取締役個人が契約の当事者となる場合、自身に有利な条件を設定し、結果として会社に損害を与える危険性があります。このような権限の濫用を防ぐため、利益相反取引には厳格なルールが定められています。

なぜスタートアップこそ利益相反への理解が重要なのか

スタートアップでは創業者が取締役を兼ねるケースが多く、個人資産を会社に貸し付けたり、関連会社と業務委託契約を結んだりする機会が頻繁に発生します。また、取締役会を設置していない会社も多いため、承認手続きに関する知識が不足しがちです。

「自分が創業した会社だから問題ない」という認識は危険です。会社は株主とは別の法人格を持つ独立した存在であり、他に株主がいる場合はその利益も保護する義務があります。適切な手続きを経ずに取引を行うと、取引の無効や損害賠償責任のリスクが生じ、資金調達やM&Aの際にガバナンス体制を疑問視される可能性もあります。

創業期から正しい知識を持ち、適切な手続きを踏むことが、健全な企業成長の基盤となります。

直接取引と間接取引の違いを具体例で理解する

直接取引とは何か

直接取引とは、取締役が自己または第三者のために会社と直接取引を行うケースを指します。会社法第356条第1項第2号で規定されており、取締役が取引当事者になる場合だけでなく、代理人や代表者として取引する場合も含まれます。

重要なのは「誰が取引を代表しているか」という点です。例えば、取締役Aが個人として会社と不動産売買契約を結ぶ場合は典型的な直接取引です。また、取締役AがA社とB社の両方の代表として契約を結ぶ場合、A社から見ればB社は第三者であり、B社から見ればA社が第三者となるため、両社で承認が必要となります。

直接取引に該当する具体例としては、会社と取締役間の売買契約、取締役から会社への利息付き金銭貸付、会社から取締役への贈与や債務免除などが挙げられます。ただし、取締役が会社に無利息で貸し付ける場合や無償贈与する場合は、会社に不利益がないため利益相反取引に該当しません。

間接取引とは何か

間接取引とは、会社と第三者との取引において、構造的に会社と取締役の利益が相反する取引を指します。会社法第356条第1項第3号で規定されており、取締役が直接契約当事者にならない点が直接取引と異なります。

最も典型的な例は、会社が取締役個人の債務を保証する場合です。取締役は個人的な借入が容易になるという利益を得る一方、会社は将来的に代位弁済を求められるリスクを負います。この場合、契約は会社と金融機関の間で結ばれますが、取締役が間接的に利益を受けるため、利益相反取引として規制されます。

その他の間接取引の例としては、会社が取締役の債務を引き受ける場合、取締役の債務に対して会社が担保を提供する場合などがあります。外形的に誰が契約しているかだけでは判断できないため、会社にデメリットが生じることで取締役にメリットが生じているかという観点で判断する必要があります。

スタートアップで起こりやすい利益相反取引のパターン5選

創業者が個人所有の資産を会社に売却・賃貸するケース

創業期に最も多いのが、取締役が個人所有の不動産やオフィス機器を会社に売却したり、事務所として賃貸したりするケースです。市場価格よりも高い売却価格や賃料を設定すると、取締役個人の利益が会社の不利益となり、明確な利益相反が生じます。適正な価格設定であることを客観的に証明し、承認を得る必要があります。

会社から取締役への金銭貸付や債務保証

資金繰りが厳しい創業期に、会社が取締役個人に資金を貸し付けたり、取締役の個人的な借入を会社が保証したりするケースがあります。これらは間接取引として規制対象となります。特に無利息や低利率での貸付は、取締役が通常では得られない有利な条件での資金調達となるため注意が必要です。会社には貸し倒れリスクや代位弁済リスクが生じます。

取締役の関連会社との業務委託契約

取締役が代表を務める別会社や、家族が経営する会社と業務委託契約を結ぶケースも頻繁に発生します。システム開発やマーケティング業務などを委託する際、市場価格よりも高い委託料を設定すると、会社の資金が関連会社に過度に流れることになります。複数業者からの見積もり取得や市場価格との比較など、客観的な評価プロセスが重要です。

創業者が競合事業を兼業するケース

取締役が個人的に競合する事業を開始したり、同業他社の役員を兼任したりする場合は、競業行為として会社の承認が必要です。顧客情報や技術ノウハウの流出リスクがあり、会社の競争力を損なう可能性があります。単に競合他社の役員に就任するだけでは直ちに規制対象とはなりませんが、具体的に競合する営業活動を行う場合は承認が必須となります。

資金調達時の取締役個人への有利な条件設定

資金調達の際、取締役個人が特別に有利な条件で株式を取得したり、ストック・オプションを付与されたりする場合も注意が必要です。他の株主と比較して著しく有利な条件である場合、利益相反に該当する可能性があります。透明性の高い条件設定と適切な承認手続きが求められます。

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取締役会設置会社・非設置会社別の承認手続き完全ガイド

取締役会設置会社での承認プロセス

取締役会を設置している会社では、利益相反取引について取締役会での事前承認が必要です。まず、取引を行おうとする取締役は、取引の重要な事実を取締役会に開示しなければなりません。重要な事実とは、取引相手、取引目的、価格や条件、取引の必要性、会社にとってのメリット・デメリットなど、判断に必要な情報を指します。

承認決議では、利益相反取引を行う当事者の取締役は特別利害関係人として議決に参加できません。決議は利害関係のない取締役の過半数が出席し、その過半数の賛成によって成立します。取引実施後は、遅滞なく取引の重要な事実を取締役会に報告する義務があり、この事後報告も手続きの重要な要素です。

取締役会非設置会社での株主総会承認

取締役会を設置していない会社では、株主総会での承認が必要となります。多くのスタートアップがこのケースに該当します。利益相反取引を行おうとする取締役は、株主総会で取引の詳細を説明し、株主が適切な判断を行えるよう十分な情報を提供しなければなりません。

決議は普通決議で行われ、出席した株主の議決権の過半数の賛成で成立します。取締役会設置会社と大きく異なる点は、利益相反取引を行う取締役が株主である場合でも議決権を行使できることです。ただし、著しく不当な決議がなされた場合は株主総会の取消事由に該当する可能性があります。株主総会で承認された場合、取締役会設置会社のような事後報告義務は発生しません。

承認が不要となる例外的なケース

一定の場合には例外的に承認が不要となります。会社に損害が生じる可能性がない取引、具体的には取締役から会社への無利息・無担保での金銭貸付や無償贈与などは承認不要です。また、完全親子会社間での取引や、株主全員の同意がある場合も、実質的な利害の対立がないため承認は必要ありません。ただし、判断に迷う場合は承認を得ておく方が安全です。

承認なしで取引した場合のリスクと対処法

取引が無効となるリスク

承認を得ずに利益相反取引を行った場合、その取引は原則として無効となります。ただし、効力の扱いは取引類型によって異なります。直接取引で取締役自身が当事者となる場合、会社はいつでも無効を主張できます。一方、取締役が第三者を代表して行う直接取引や間接取引の場合は、取引相手が承認を受けていないことを知っていた場合に限り、会社は無効を主張できます。

この考え方を相対的無効説といい、取引の安全を保護するための仕組みです。取引が無効となった場合、既に履行された内容については原状回復が必要となり、代金返還や登記抹消などの手続きが発生します。これにより取引関係者間でのトラブルや経済的損失が生じる可能性があります。

取締役の損害賠償責任

会社に損害が生じた場合、利益相反取引を行った取締役は個人的に損害賠償責任を負います。特に注意すべきは、承認を得た取引であっても、会社に損害が生じた場合は取締役の任務懈怠が推定されることです。つまり、取締役側が自分に過失がなかったことを証明しない限り責任を免れません。

さらに、取引を行った取締役だけでなく、取引を決定した取締役や承認決議に賛成した取締役も連帯して責任を負う可能性があります。自己のために直接取引を行った取締役は、過失がなかったことを証明しても責任を免れることができない特別に厳しい規定が適用されます。

ステークホルダーからの信頼失墜

適切な手続きを経ない利益相反取引が発覚すると、株主、従業員、取引先、金融機関などからの信頼を失う可能性があります。特に資金調達やM&Aを検討しているスタートアップでは、投資家候補や買い手候補からガバナンス体制に疑問を持たれ、企業価値の評価に悪影響を与えます。優秀な人材の流出や新規採用への悪影響など、事業運営の根幹に関わる問題に発展することもあります。

発覚時の対処法

承認を得ていない取引が判明した場合、可能な限り速やかに取締役会や株主総会で事後的に追認することを検討すべきです。判例では、適切な追認決議によって取引は当初に遡って有効になると解されています。追認の際は、取引の全容を正確に開示し、透明性を確保することが重要です。また、同様の問題の再発を防ぐため、社内ルールの整備や教育体制の構築も並行して進める必要があります。

利益相反取引を防ぐための実務チェックリスト

取引前の3つの判断基準

利益相反に該当するか判断に迷った場合、3つの基準を順番に確認することで適切な判断ができます。

第一に会社の利益への影響を評価します。取引条件が市場価格と比べて不利でないか、会社の財務状況に悪影響を与えないか、他の選択肢と比較して劣っていないかを客観的に検討します。

第二に取引条件の公正性を確認します。取締役または関係者が特別に有利な条件を得ていないか、取引の背景に合理的な理由があるかを精査します。通常の商取引では得られない特別な条件での取引は、利益相反の疑いが強くなります。

第三に透明性と説明責任を確保できるかを自問します。その取引について他の取締役や株主に合理的な説明ができるか、取引の詳細を文書化して第三者にも理解できる形で記録できるかが重要です。これら3つの基準のいずれかに疑義がある場合は、利益相反取引として承認手続きを経ることが安全な選択となります。

取引開始前の確認事項

取引を開始する前に、以下の項目を必ずチェックします。取引相手が役員本人または関連会社でないか、取引価格が市場価格と比較して適正か、会社にとって必要かつ合理的な取引か、他の選択肢と比較検討したか、取引の透明性は確保されているかを確認します。

不動産取引の場合は不動産鑑定を実施し、金銭貸借の場合は返済計画の妥当性を検証し、業務委託の場合は作業内容と報酬の適正性を確認するなど、取引類型に応じた詳細なチェックも必要です。

社内ルールとガイドラインの整備

利益相反を効果的に防ぐには、明確な社内ルールの整備が不可欠です。利益相反に該当する可能性がある取引類型を具体的に列挙し、一定金額以上の取引については必ず承認を得るという基準を設けることで、判断の迷いを減らせます。

承認申請に必要な情報や書類を標準化し、取引内容の詳細、市場価格との比較資料、取引の必要性に関する説明書などを規定します。新任役員に対しては就任時に必ず利益相反に関する説明を行い、誓約書の提出を求めることも効果的です。

専門家への相談タイミング

複雑なケースや判断に迷う場合は、弁護士や公認会計士などの専門家への相談を積極的に活用します。取引の企画段階での事前相談が最も効果的で、問題がある場合は設計を見直し、適法な方法での実施を検討できます。専門家の意見書があることで承認判断の根拠が明確になり、決議の合理性を担保できます。

まとめ

利益相反取引は、スタートアップの日常的な経営活動の中で頻繁に発生する重要な課題です。創業者個人の資産活用や関連会社との取引など、必要性のある取引も多い一方、適切な承認手続きを経ないと取引の無効や損害賠償責任などの深刻なリスクに直面します。

重要なのは、取引が利益相反に該当するかを早期に判断し、取締役会または株主総会での承認を得ることです。判断に迷った場合は、会社の利益への影響、取引条件の公正性、透明性の3つの基準で評価し、疑わしい場合は積極的に承認手続きを踏むことが安全です。

創業期から社内ルールを整備し、チェックリストを活用することで、利益相反リスクを効果的に管理できます。健全なガバナンス体制は投資家からの信頼獲得にもつながり、持続的な企業成長の基盤となります。

本記事が参考になれば幸いです。

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この記事を書いた人

O f All株式会社の編集局です。ファイナンス・資本政策・IPO・経営戦略・成長戦略・ガバナンス・M&Aに関するノウハウを発信しています。

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