スタートアップが知っておくべき勤怠管理の基本を解説

スタートアップにとって勤怠管理は、適切な管理を怠ると、未払い残業代による法的リスクや上場準備への悪影響が生じる可能性があります。

一方で、リモートワークや柔軟な働き方に対応した勤怠管理システムを導入することで、透明性の高い組織運営と従業員の信頼獲得が実現できます。

本記事では、スタートアップが知っておくべき勤怠管理の基本から、システム選定のポイント、導入時の注意点までを解説します。

目次

スタートアップに勤怠管理が必要な理由

法的義務としての勤怠管理

労働基準法では、従業員を1人でも雇用する企業に対して労働時間の適正な把握が義務付けられています。これは企業規模に関係なく、スタートアップであっても例外ではありません。2017年に厚生労働省が定めた「🔗労働時間の適正な把握のために使用者が構ずべき措置に関するガイドライン」により、管理監督者を含む全ての労働者の勤怠管理が必要となりました。

「小規模だから手動で十分」という考えは、法的リスクを伴う危険な判断です。適切な勤怠記録がないことで、労働基準法違反や未払い残業代の問題が発生する可能性があります。

透明性の確保と信頼関係の構築

スタートアップでは、少人数のチームが複数の業務を兼任することが多く、誰がどれだけ働いているかが見えにくくなりがちです。勤怠管理により労働時間を可視化することで、チーム内の公平性が保たれ、従業員との信頼関係を築くことができます。

また、正確な労働実態の把握は、適正な評価制度や報酬設計の基盤となり、人材の定着率向上にも寄与します。

事業成長への基盤づくり

急成長を目指すスタートアップにとって、勤怠管理は単なる管理業務ではなく、組織の健全な成長を支える重要な基盤です。従業員の過重労働を防ぎ、持続可能な働き方を確立することができます。

さらに、将来的な採用活動においても、きちんとした労務管理体制は企業の信頼性を示す重要な要素となり、優秀な人材の獲得競争で優位に立つことができます。創業初期から適切な勤怠管理体制を整えることは、スタートアップの持続的成長にとって不可欠な投資ともいえるでしょう。

スタートアップが直面する勤怠管理の課題

リモートワークと柔軟な働き方への対応

多くのスタートアップの中では、優秀な人材確保のためリモートワークやフレックスタイム制を採用している企業も存在します。しかし、従来のタイムカードやオフィス出社を前提とした勤怠管理では、こうした柔軟な働き方に対応できません。

例えば、エンジニアや営業職は直行直帰が多く、デザイナーは深夜に集中して作業することもあります。場所や時間に縛られない働き方を実現しながら、正確な労働時間を把握することは、スタートアップにとって大きな挑戦となっています。

リソース不足による管理の属人化

創業期のスタートアップでは、人事労務の専任担当者を置く余裕がなく、代表者や総務担当者が勤怠管理を兼務するケースがほとんどです。ExcelやGoogleスプレッドシートで手動管理を行っているため、計算ミスや記録漏れが発生しやすくなります。

また、管理業務が特定の人に集中することで、その人が不在の際に業務が停止するリスクも抱えています。急成長する組織において、属人的な管理体制は早期に解決すべき課題です。

多様な雇用形態の混在

スタートアップでは、正社員、契約社員、業務委託、インターンなど多様な雇用形態のメンバーが同じプロジェクトで働くことが珍しくありません。それぞれ異なる労働時間管理や報酬体系を持つため、統一的な勤怠管理が困難になります。

特に業務委託と雇用契約の境界が曖昧になりやすく、実態として雇用関係にあるにも関わらず業務委託として扱っている「偽装請負」のリスクが潜んでいます。

急激な組織拡大への対応

スタートアップの特徴である急速な組織拡大は、勤怠管理にとって大きな負荷となります。3ヶ月で従業員数が倍になることも珍しくない環境では、手動の管理体制はすぐに破綻してしまいます。

新入社員への勤怠ルール説明、アカウント作成、権限設定などの作業が追いつかず、管理の混乱を招くことがあります。スケーラブルな勤怠管理システムの導入が急務となります。

勤怠管理システム導入のメリット・デメリット

導入によるメリット

勤怠管理システムの最大のメリットは、場所や時間を問わない打刻が可能になることです。スマートフォンやPCから簡単に出退勤を記録でき、リモートワークや直行直帰にも完全対応できます。GPS機能を活用すれば、営業先からの打刻も正確に記録されます。

また、手動計算によるミスが大幅に削減されます。残業時間の自動計算、有給休暇の自動管理、給与計算システムとの連携により、労務担当者の作業時間を月10時間以上短縮できるケースも珍しくありません。

リアルタイムでの労働時間把握により、過重労働の予防も実現できます。月の残業時間が上限に近づくとアラートが発信され、労働基準法違反を未然に防ぐことが可能です。

コスト面での考慮事項

クラウド型勤怠管理システムは、月額数百円から利用できる手頃な価格設定が魅力です。初期費用も不要なサービスが多く、スタートアップの限られた予算でも導入しやすくなっています。

ただし、従業員数が増加すると月額費用も比例して上昇するため、中長期的なコスト計画が必要です。また、既存の給与計算ソフトとの連携に追加費用が発生する場合もあるため、事前の確認が重要です。

導入時の注意点

システム導入の際は、現場の従業員が実際に使いこなせるかがポイントとなります。複雑な操作が必要なシステムでは、打刻忘れや入力ミスが頻発し、かえって管理コストが増加する可能性があります。

また、システムの設定ミスにより、残業代の計算が間違ってしまうリスクもあります。就業規則との整合性を確認し、正しい設定で運用開始することが不可欠です。

段階的導入のススメ

スタートアップでは、いきなり高機能なシステムを導入するより、基本機能から始めて段階的に拡張していく方が現実的です。まずは出退勤記録と基本的な集計機能から開始し、組織の成長に合わせてシフト管理や申請承認機能を追加していくアプローチが効果的です

無料トライアル期間を活用して、実際の業務フローでの使い勝手を検証することも重要です。導入前の入念な検討により、システム選択の失敗を防ぐことができます。

スタートアップ向け勤怠管理システムの選び方

使いやすさを最優先に検討する

スタートアップでは、IT専任担当者がいないケースが多いため、直感的に操作できるシステムを選ぶことが重要です。従業員が迷わずに打刻でき、管理者も簡単に集計・確認できるシンプルなUIを持つサービスを優先しましょう。

特に、スマートフォンアプリの使い勝手は重要なポイントです。リモートワークや外回りが多いスタートアップなどでは、モバイルからの操作が頻繁に発生するため、アプリの操作性やレスポンス速度を事前に確認することが大切です。

柔軟な料金体系と拡張性

スタートアップの急速な成長に対応できる料金体系を選ぶことが重要です。従業員数に応じた従量課金制であれば、必要な分だけ支払うことができ、初期コストを抑えられます。

また、将来的な機能拡張に対応できるかも検討ポイントです。基本的な勤怠管理から始めて、後にシフト管理や申請承認機能を追加できるシステムであれば、事業成長に合わせて段階的に機能を拡張できます。

他システムとの連携機能

給与計算ソフトとの連携は必須機能といえます。勤怠データを手動で転記する手間を省き、計算ミスを防ぐためにも、使用している給与計算システムと連携できるかを確認しましょう。

SlackやMicrosoft Teamsなど、普段使用しているコミュニケーションツールとの連携があれば、より自然に勤怠管理を業務フローに組み込むことができます。

セキュリティと法的対応

従業員の個人情報や労働時間データを扱うため、適切なセキュリティ対策が施されているかを確認する必要があります。データの暗号化、アクセス制御、バックアップ体制などを事前にチェックしましょう。

また、労働基準法の改正に自動対応できるシステムを選ぶことで、法令違反のリスクを回避できます。36協定の上限時間管理や有給休暇取得義務への対応機能があるかも重要な選定基準です。

導入時の注意点と失敗を避けるポイント

運用ルールの明確化と周知

システム導入前に、勤怠管理の運用ルールを明確に定めることが成功のポイントです。打刻時間、休憩時間の扱い、遅刻・早退の処理方法など、詳細なルールを文書化し、全従業員に周知しましょう。

特にリモートワークが多いスタートアップでは、業務開始・終了の定義が曖昧になりがちです。「PCにログインした時点で業務開始」「最後の業務メール送信から30分後に業務終了」など、具体的な基準を設けることで、統一的な運用が可能になります。

段階的な導入アプローチ

一度にすべての機能を導入しようとすると、現場の混乱を招く可能性があります。まずは基本的な出退勤記録から開始し、慣れてきたら有給申請や残業申請などの機能を段階的に追加していくアプローチが効果的です。

小規模なチームでテスト運用を行い、問題点を洗い出してから全社展開することで、スムーズな導入を実現できます。

システム設定の精度確保

勤怠管理システムの設定ミスは、給与計算の誤りや法令違反に直結する重要な問題です。就業規則、36協定、賃金規程との整合性を十分に確認し、正確な設定を行う必要があります。

特に残業代の計算設定は複雑で、基本給、各種手当、割増率の設定を間違えると大きな問題となります。設定完了後は、実際のケースでテスト計算を行い、手動計算との結果を照合することが重要です。

従業員への教育と定着支援

システムの操作方法を従業員に正しく理解してもらうため、導入説明会の開催や操作マニュアルの作成が必要です。特に年配の従業員やITリテラシーが低い従業員に配慮した丁寧な説明を心がけましょう。

導入初期は打刻忘れや操作ミスが発生しやすいため、管理者が積極的にフォローし、問題があれば迅速に対応する体制を整えることが大切です。

データ移行とバックアップ計画

既存の勤怠データがある場合は、新システムへの正確な移行が必要です。過去の有給休暇取得状況や累積残業時間などのデータを正しく移行できるかを事前に確認しましょう。

また、システム障害やデータ消失に備えたバックアップ計画も重要です。クラウドサービスであっても、定期的なデータエクスポートを行い、手元にバックアップを保管することをおすすめします。導入時にこれらの運用体制を整えることで、安心してシステムを活用できます。

法的リスクと上場準備への影響

未払い残業代による法的リスク

適切な勤怠管理を怠ると、未払い残業代の問題が発生し、企業に深刻な影響を与える可能性があります。労働基準法では、時間外労働に対して25%以上の割増賃金の支払いが義務付けられており、違反した場合は「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」が科せられます。

特にスタートアップでよく見られる「管理職だから残業代不要」という認識は危険です。労働基準法上の「管理監督者」に該当するには、経営者と一体的な立場、出退勤の自由、相応の待遇という厳格な要件を満たす必要があり、単に役職が付いているだけでは該当しません。

未払い残業代の消滅時効は3年間であり、発覚時には過去に遡って支払いが必要となります。数百万円から数千万円の支払いが発生するケースも珍しくなく、資金繰りの厳しいスタートアップにとって致命的なダメージとなる可能性があります。

上場審査への影響

IPOを目指すスタートアップにとって、勤怠管理の不備は上場承認の大きな障壁となります。近年の上場審査では、コンプライアンス体制の整備が厳しくチェックされ、労務管理の問題がある企業は業績が良好でも上場承認が見送られるケースが増えています。

上場準備には通常2年程度の期間を要しますが、この期間中に過去の勤怠記録の不備や未払い残業代が発覚すると、上場スケジュールの大幅な遅延を余儀なくされます。監査法人による労務監査では、過去3年間の勤怠記録が詳細に調査されるため、創業当初からの正確な記録が求められます。

企業価値と信頼性への影響

勤怠管理の問題は、企業の社会的信頼性にも大きく影響します。労働基準監督署からの是正勧告や報道により企業イメージが悪化すると、優秀な人材の採用が困難になり、既存従業員の離職率上昇にもつながります。また、投資家からの信頼失墜により、資金調達に悪影響を与える可能性もあります。

予防策としての早期対応

これらのリスクを回避するには、創業期からの適切な勤怠管理体制の構築が不可欠です。クラウド型勤怠管理システムの導入により、客観的で正確な労働時間の記録を残し、法定帳簿の適切な保管を行うことが重要です。

また、社会保険労務士などの専門家と連携し、定期的な労務監査を実施することで、問題の早期発見と対処が可能になります。

まとめ

スタートアップにおける勤怠管理は、法的義務であると同時に、持続的な成長を支える重要な経営基盤です。リモートワークや多様な雇用形態に対応するため、創業期からクラウド型勤怠管理システムの導入を検討することが賢明です。

システム選定では、使いやすさと拡張性を重視し、段階的な導入により現場の混乱を避けることが成功の鍵となります。適切な勤怠管理により、未払い残業代のリスクを回避し、将来のIPO準備もスムーズに進められます。「後回しにできる業務」ではなく、組織の信頼性と競争力を高める戦略的投資として、早期の体制整備に取り組みましょう。

本記事が参考になれば幸いです。

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この記事を書いた人

O f All株式会社の編集局です。ファイナンス・資本政策・IPO・経営戦略・成長戦略・ガバナンス・M&Aに関するノウハウを発信しています。

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