内部通報制度とは?スタートアップが知るべき義務化の内容と導入ステップ

この記事でわかること
  • 内部通報制度とは何か
  • スタートアップが内部通報制度を整備すべき理由
  • 法改正と義務化の内容
  • 内部通報制度がもたらす効果
  • 制度整備で押さえるべき重要ポイント

企業の不正やハラスメントを早期に発見するために重要な役割を果たす内部通報制度。2022年の法改正により従業員301人以上の企業には整備が義務化され、スタートアップにとってもIPO準備の必須要件となっています。

しかし、制度を導入しただけでは十分ではなく、実効性のある運用体制を構築することが重要です。

本記事では、内部通報制度の基本から法改正の内容、スタートアップが得られる具体的な効果、整備のポイント、陥りやすい課題とその対策、そして効果的な導入手順まで、スタートアップ企業が知っておくべき情報を網羅的に解説します。

目次

内部通報制度とは何か

内部通報制度とは、企業内で発生した不正行為や法令違反を従業員が上司を経由せずに専用窓口へ報告できる仕組みです。通常の報告ルートでは発見が難しい問題を早期に把握し、企業の自浄作用を高めることを目的としています。

内部通報制度の基本的な仕組み

この制度では、従業員や役員、退職後1年以内の元従業員、派遣社員、業務委託先の関係者などが通報者となることができます。通報窓口は社内の法務部門や人事部門に設置されるケースもあれば、独立性を保つために外部の法律事務所に委託されることもあります。通報を受けた企業は速やかに調査を実施し、問題の是正措置を講じる義務があります。

内部告発・公益通報との違い

内部通報と混同されやすい概念に「内部告発」と「公益通報」があります。内部告発は、企業の不正をマスコミや行政機関など外部に直接報告する行為を指します。一方、内部通報は企業が設置した窓口への報告であり、組織内で問題解決を図れる点が大きく異なります。

公益通報は、国民の生命や財産に関わる法律違反を通報する行為で、公益通報者保護法によって通報者が保護されます。内部通報制度は、この公益通報を含むより広範な問題に対応する企業内の仕組みとして機能します。つまり、内部通報制度を適切に整備することで、問題が外部に流出する前に社内で対処でき、企業の信頼やブランドを守ることができるのです。

スタートアップが内部通報制度を整備すべき理由

スタートアップにとって内部通報制度の整備は、単なる法令対応以上の戦略的価値を持ちます。急成長する組織だからこそ、早期から健全なガバナンス体制を構築することが重要です。

IPO準備における必須要件

上場を目指すスタートアップにとって、内部通報制度の整備は避けて通れません。証券取引所への上場申請では、内部通報制度の整備状況を説明する必要があり、コーポレートガバナンス・コードでも適切な体制整備が求められています。実務上、多くの企業がN-2期(上場申請の2年前)から制度を整備し始めます。上場企業の導入率はほぼ100%に達しており、IPO審査では企業の管理体制が厳格にチェックされるため、早期の対応が審査通過の鍵となります。

投資家・取引先からの信頼獲得

内部通報制度を整備している企業は、コンプライアンス意識が高く透明性のある経営を行っているという評価を受けます。ベンチャーキャピタルや事業会社からの資金調達を検討する際、しっかりとした管理体制は投資判断における重要な要素です。また、大手企業との取引では相手企業の不正に巻き込まれるリスクを避けるため、取引先の内部通報制度整備状況を確認するケースが増えています。

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組織拡大期のリスク管理

スタートアップは急速な組織拡大に伴い、創業期の価値観や行動規範が薄れがちです。従業員数が増えるほど不正やハラスメントのリスクは高まり、一度問題が表面化すると採用や資金調達に深刻な影響を及ぼします。内部通報制度があれば小さな問題の段階で把握でき、重大な不祥事への発展を防止できます。限られたリソースで成長を続けるスタートアップだからこそ、問題の早期発見・早期対応が組織の持続的成長を支える基盤となるのです。

法改正と義務化の内容

内部通報制度に関する法的枠組みは、公益通報者保護法によって定められており、近年の改正で企業の義務がより明確化されています。スタートアップも法令を正しく理解し、適切に対応する必要があります。

2022年改正のポイント

2020年に改正された公益通報者保護法が2022年6月から施行され、従業員数301人以上の企業には内部通報体制の整備が義務化されました。具体的には、通報窓口の設置、調査体制の構築、是正措置の実施といった対応が求められます。また、通報対応業務に従事する担当者には守秘義務が課され、通報者を特定できる情報を漏らした場合は30万円以下の罰金が科されます。

保護対象も拡大され、従来の現役従業員だけでなく、退職後1年以内の元従業員や役員も保護対象に含まれるようになりました。さらに、通報者への不利益取扱いの禁止範囲も広がり、解雇や降格だけでなく損害賠償請求も禁止されています。

従業員300人以下の企業の対応

従業員数300人以下の企業には法的な義務ではなく努力義務が課されています。しかし、努力義務だからといって対応を怠ると、消費者庁による行政措置の対象となり、企業名が公表される可能性があります。報告徴収に対して報告しない、または虚偽報告をした場合は20万円以下の過料が科されます。

2025年改正と今後の動向

2025年には公益通報者保護法の再改正が成立し、2026年の施行が予定されています。新たな改正では通報者探索の禁止が明文化され、違反企業には罰則が適用されます。また、フリーランスや委託先も保護対象に追加されるなど、保護範囲がさらに拡大します。消費者庁では公益通報者保護制度検討会を定期開催しており、今後も罰則規定の強化が予想されています。スタートアップは将来的な法改正も見据えた体制整備が求められます。

内部通報制度がもたらす効果

内部通報制度を適切に運用することで、スタートアップは多面的な効果を得ることができます。単なるリスク管理にとどまらず、組織の成長を加速させる重要な経営基盤となります。

不正の早期発見と被害抑制

内部通報制度の最大の効果は、問題を初期段階で発見し、被害の拡大を防げることです。消費者庁の調査によると、企業の不祥事発覚の端緒として内部通報が約60%を占め、内部監査や上司によるチェックを大きく上回っています。実際に、在庫の不正計上や経費の私的流用といった問題が内部通報によって早期に発覚し、累計数千万円規模の損失拡大を防いだ事例が複数報告されています。問題が外部に漏れる前に社内で対処できれば、企業の評判やブランド価値を守ることができます。

健全な企業文化の醸成

内部通報制度の存在自体が、従業員に「会社が守ってくれる」という安心感を与え、オープンなコミュニケーション文化を育みます。制度が活発に機能している企業では、年間数百件から千件規模の通報が寄せられており、ハラスメントや職場環境に関する小さな懸念も積極的に報告されています。これは従業員が声を上げやすい環境が整っている証拠です。通報件数の多さは問題の多さではなく、むしろ組織の透明性と従業員エンゲージメントの高さを示す指標となります。

採用競争力の向上

優秀な人材は、働く環境の健全性を重視します。内部通報制度が整備され、消費者庁の内部通報制度認証を取得している企業は、コンプライアンスを遵守した優れた経営体制を持つとして評価されます。特にスタートアップの採用市場では、福利厚生や給与だけでなく企業の透明性や倫理観が候補者の意思決定に影響を与えます。制度の存在を対外的に示すことで、企業価値が向上し、優秀な人材の獲得につながります。

制度整備で押さえるべき重要ポイント

内部通報制度を実効性のあるものにするためには、消費者庁のガイドラインに基づいた適切な設計が不可欠です。形だけの制度では従業員の信頼を得られず、本来の機能を果たせません。

通報窓口の設置方法

通報窓口は、社内窓口と社外窓口の両方を設置することが推奨されています。社内窓口は法務部やコンプライアンス部門が担当するケースが多く、日常的な相談に対応しやすい利点があります。一方、社外窓口は経営陣からの独立性を確保でき、経営層による不正も通報しやすくなります。消費者庁の調査では、社内外の窓口を併用する企業が過半数を超えており、法律事務所への委託が最も一般的です。ただし、顧問弁護士への依頼は利益相反の懸念があるため、独立した外部専門家を選定することが重要です。

通報者保護の徹底

制度の根幹を成すのが通報者の保護です。通報者情報は必要最小限の関係者にのみ共有し、通報者の同意なく情報を開示してはいけません。通報対応業務従事者を正式に指定し、守秘義務を課すとともに従事者指定書を交付します。また、通報を理由とした解雇、降格、減給、退職強要、損害賠償請求などの不利益取扱いを明確に禁止し、違反した場合の処分を規程に明記する必要があります。匿名通報も受け付ける体制を整えることで、従業員が安心して利用できる環境を構築します。

対応フローの明確化

通報を受けた後の対応手順を明確にしておくことが重要です。まず通報受領の通知を速やかに行い、調査の要否を公正に判断します。調査が必要と判断された場合は、通報者が特定されないよう配慮しながら事実確認を進めます。調査結果に基づき是正措置や再発防止策を講じ、必要に応じて関係者への処分を実施します。通報者が希望する場合は調査状況や結果をフィードバックし、「通報が改善につながる」という信頼感を醸成することが制度の定着につながります。

スタートアップが陥りやすい課題と対策

スタートアップが内部通報制度を導入する際には、組織規模や成長段階特有の課題に直面します。これらの課題を事前に把握し、適切な対策を講じることが成功の鍵となります。

限られたリソースでの運用

スタートアップの多くは人的リソースが限られており、専任の担当者を配置することが難しい状況にあります。しかし、内部通報制度は片手間で運用できるものではありません。対策としては、外部の法律事務所に窓口業務を委託することで、専門性を確保しながら社内の負担を軽減できます。月額数万円から利用できるサービスもあり、初期段階では外部委託を積極的に活用すべきです。また、複数の担当者を指定してローテーションを組むことで、特定の個人に負担が集中することを防げます。

制度の認知不足と利用促進

制度を導入しても従業員に認知されていなければ機能しません。調査によると、自社に通報窓口があると認識している労働者は全体の約4割に過ぎず、特に中小企業では認知度がさらに低くなっています。対策として、新入社員研修や年次コンプライアンス研修に内部通報制度を組み込み、ポスター掲示や社内報での定期告知を実施します。経営トップ自らが「通報制度を活用してほしい」とメッセージを発信し、実際に対応した事例を社内向けに共有することで、制度への信頼感を醸成できます。

制度の形骸化リスク

制度が形だけの存在になってしまう形骸化も大きな問題です。通報があっても実質的に対応されない場合、従業員は「通報しても無駄」と感じてしまいます。対策としては、通報件数や対応状況を定期的にレビューし、経営層に報告するPDCAサイクルを確立します。通報内容を真摯に受け止め、調査結果や是正措置を通報者にフィードバックする体制を徹底することが重要です。また、通報者を評価する制度を導入し、不正の早期発見に貢献した従業員を積極的に評価する方針を示すことで、制度が常に機能する環境を維持できます。

効果的な制度導入の進め方

内部通報制度を効果的に導入するためには、計画的なアプローチが必要です。特にIPOを目指すスタートアップは、N-2期からの準備が推奨されています。

導入準備とスケジュール

内部通報制度の導入は、経営陣の理解とコミットメントから始まります。まず経営幹部を集めて制度の必要性を共有し、導入の意思決定を行います。IPO準備企業の場合、上場申請の2年前から体制整備を開始することで、審査時に十分な運用実績を示すことができます。導入には通常3〜6ヶ月程度かかるため、余裕を持ったスケジュールを組むことが重要です。経営層、人事部、法務部など関係部署で議論し、自社の規模や業種に適した制度設計の基本方針を策定します。

規程整備と窓口設置

制度の骨格となる内部通報規程を作成します。消費者庁の提供するサンプルを参考にしながら、通報窓口、通報対象となる行為、通報方法、通報者保護、調査体制、是正措置、情報管理などを明記します。通報窓口は電話、メール、ウェブフォームなど複数の方法を用意し、従業員が利用しやすい環境を整えます。社内窓口と社外窓口の両方を設置することが望ましく、外部窓口には弁護士など専門知識を有する者を配置します。通報対応業務従事者を正式に指定し、従事者指定書を交付して守秘義務の重要性を認識させます。

社内周知と継続的改善

制度が整ったら全社に向けて周知徹底を行います。研修会の開催、社内報への掲載、イントラネットでの情報提供など、複数のチャネルを活用して従業員の認知度を高めます。制度の目的、利用方法、通報者保護の内容を繰り返し伝え、経営トップからも継続的にメッセージを発信します。制度導入後は定期的に運用状況をレビューし、通報件数や対応状況を分析します。従業員からの意見や提案を積極的に取り入れ、より実効性の高い制度へと改善を続けることが、長期的な成功につながります。

まとめ

内部通報制度は、企業の不正を早期に発見し組織の健全性を保つための重要な仕組みです。スタートアップにとっては、IPO準備における必須要件であるだけでなく、投資家や取引先からの信頼獲得、優秀な人材の採用にもつながる戦略的な経営基盤となります。

2022年の法改正により従業員301人以上の企業には整備が義務化され、300人以下の企業にも努力義務が課されています。効果的な制度運用には、社内外の窓口設置、通報者保護の徹底、明確な対応フローの構築が不可欠です。

限られたリソースや認知不足といった課題に対しては、外部委託の活用や経営層からの継続的な発信が有効です。N-2期からの計画的な準備を進め、形だけでなく実効性のある制度として定着させることで、スタートアップの持続的成長を支える基盤を築くことができます。

本記事が参考になれば幸いです。

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この記事を書いた人

O f All株式会社の編集局です。ファイナンス・資本政策・IPO・経営戦略・成長戦略・ガバナンス・M&Aに関するノウハウを発信しています。

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