- TAM・SAM・SOMとは?
- なぜスタートアップにTAM・SAM・SOM分析が必須なのか
- TAM・SAM・SOMの計算方法と実践的アプローチ
- 投資家を説得するTAM・SAM・SOMの見せ方
- よくある失敗パターンと回避方法
スタートアップが投資家から資金調達を成功させるには、自社の市場機会を数値で明確に示すことが不可欠です。そこで重要となるのがTAM・SAM・SOMという3つの市場指標です。
これらは単なる数字の羅列ではなく、あなたのビジネスがどれだけの可能性を秘めているか、どのように成長していくかを論理的に説明するための強力なツールとなります。
本記事では、これらの指標の基本的な意味から、実践的な計算方法、投資家への効果的な見せ方、そして陥りがちな失敗パターンまで、スタートアップが知っておくべき市場分析の基本を体系的に解説します。
TAM・SAM・SOMとは?
3つの市場指標の基本的な意味
TAM(Total Addressable Market)、SAM(Serviceable Available Market)、SOM(Serviceable Obtainable Market)は、スタートアップが市場規模を段階的に把握するための重要な指標です。これらは入れ子構造になっており、TAMという大きな円の中にSAM、さらにその中にSOMが含まれる関係にあります。
TAMは「理論上の最大市場規模」を表し、あなたの製品やサービスが解決する課題を持つすべての潜在顧客が支払う金額の総和です。例えば、オンライン学習プラットフォームを開発する場合、世界中の教育市場全体がTAMとなります。これは競合他社や地理的制約を考慮しない、最も楽観的な数値です。
SAMは「実際にアプローチ可能な市場規模」を示します。TAMから地理的制約、技術的制限、法規制、価格帯などの現実的な制約を考慮して絞り込んだ市場です。先ほどの例なら、日本国内の社会人向けオンライン学習市場など、自社が実際にサービス提供できる範囲に限定した市場規模がSAMになります。
SOMは「短期的に獲得可能な市場規模」であり、最も現実的な数値です。競合の存在、自社のリソース、マーケティング予算、営業力などを考慮し、向こう2〜3年で実際に獲得できる見込みの市場シェアを表します。多くの場合、これが事業計画における売上目標のベースとなります。
スタートアップにとっての重要性
スタートアップがこれらの指標を正確に把握することは、事業の成長可能性を客観的に示すために不可欠です。特に資金調達の場面では、投資家は必ずこれらの数値を確認します。TAMが小さすぎれば成長の天井が見えてしまい、SOMが楽観的すぎれば実現可能性を疑われます。
また、これらの指標は単なる投資家向けの数字ではありません。自社の立ち位置を明確にし、どの市場セグメントから攻略すべきか、どれだけの成長余地があるのかを戦略的に判断する羅針盤となります。市場の全体像を俯瞰しながら、現実的な目標設定を行うことで、限られたリソースを最適に配分し、着実な成長を実現できるのです。
なぜスタートアップにTAM・SAM・SOM分析が必須なのか
投資家との共通言語として機能する
スタートアップが資金調達を成功させるには、投資家と同じ言語で事業の魅力を語る必要があります。TAM・SAM・SOMは、まさにその共通言語として機能します。投資家は限られた時間で多くのスタートアップを評価するため、これらの指標を使って素早く事業ポテンシャルを判断します。
投資家が重視するのは、単に大きな市場があることではなく、その市場で勝てる根拠があるかどうかです。TAMで市場の魅力度を示し、SAMで現実的なターゲット市場を明確にし、SOMで実行可能な成長シナリオを提示することで、投資判断に必要な情報を体系的に伝えられます。特にシード期やシリーズA段階では、まだ売上実績が少ないため、これらの指標が事業の将来性を示す重要な根拠となります。
戦略的な意思決定の土台となる
TAM・SAM・SOM分析は、スタートアップの経営判断を支える重要な土台です。限られたリソースをどこに集中すべきか、どの顧客セグメントから攻略すべきか、いつ市場を拡大すべきかといった戦略的決定を、感覚ではなくデータに基づいて行えるようになります。
例えば、SOMを詳細に分析することで、最初にアプローチすべき顧客層が明確になります。リソースが限られるスタートアップにとって、市場全体を狙うのは現実的ではありません。獲得しやすく、かつ事業成長につながる特定セグメントに集中することで、効率的に初期トラクションを獲得できます。
成長ストーリーを可視化できる
スタートアップの成功は、小さく始めて大きく成長することにあります。TAM・SAM・SOMは、この成長ストーリーを数値で可視化する役割を果たします。現在のSOMから将来的にSAM、そして最終的にはTAMの一定割合を獲得するという成長の道筋を、具体的な数字とともに示せるのです。
この可視化は社内のモチベーション向上にも寄与します。チームメンバーは自分たちが取り組む市場の大きさと成長可能性を理解することで、日々の業務の意義を実感できます。また、採用活動においても、候補者に対して明確な成長ビジョンを示すことで、優秀な人材を惹きつける材料となります。市場分析は単なる数字の羅列ではなく、スタートアップの未来を描く設計図なのです。
TAM・SAM・SOMの計算方法と実践的アプローチ
トップダウンとボトムアップの使い分け
TAM・SAM・SOMの計算には、トップダウンアプローチとボトムアップアプローチの2つの方法があります。それぞれに特徴があり、スタートアップは両方を組み合わせて使うことが重要です。
トップダウンアプローチは、市場全体から絞り込んでいく方法で、主にTAMの算出に適しています。政府統計や調査会社のレポートなど、マクロデータを活用して市場規模を把握します。例えば、日本のEC市場規模が20兆円という統計データから、自社が狙うカテゴリーの割合を掛け合わせてTAMを算出します。この方法は素早く大まかな市場規模を把握できる反面、自社の実態と乖離しやすいという課題があります。
ボトムアップアプローチは、個別の顧客データから積み上げる方法で、SAMやSOMの算出に向いています。想定顧客数×平均単価×購買頻度といった形で、より現実的な数値を導き出せます。初期のスタートアップであれば、実際に獲得した顧客データや、詳細なペルソナ分析から算出することで、投資家に対してもより説得力のある数字を提示できます。
実践的な計算手順
スタートアップが実際にTAM・SAM・SOMを計算する際は、以下の手順で進めることが効果的です。
まずTAMについては、複数の情報源から市場データを収集し、クロスチェックすることが重要です。業界団体の統計、競合の開示情報、海外の類似市場データなどを参照し、現実的な範囲で最大値を設定します。注意点として、あまりに巨大なTAMを設定すると、かえって事業の焦点がぼやけて見えるため、自社のビジネスモデルに直接関連する市場に限定することが大切です。
SAMの計算では、自社の制約条件を明確にします。技術的に対応可能な領域、法規制の影響、言語や文化の壁、価格帯でアプローチできる層などを考慮し、TAMから現実的にアプローチ可能な市場を切り出します。B2Bスタートアップなら企業規模や業界で絞り込み、B2Cなら年齢層や所得水準で区切ることが一般的です。
SOMは最も慎重に設定すべき指標です。競合分析を徹底的に行い、既存プレイヤーの市場シェアを調査した上で、自社が獲得可能な割合を見積もります。営業リソース、マーケティング予算、プロダクトの差別化要因などを考慮し、向こう2〜3年で達成可能な数値を設定します。楽観的すぎず悲観的すぎない、ちょうど良いバランスを見つけることが、信頼性の高い事業計画につながります。
投資家を説得するTAM・SAM・SOMの見せ方
ピッチデックでの効果的な提示方法
投資家向けのピッチデックでTAM・SAM・SOMを提示する際は、ビジュアルと論理性の両立が不可欠です。最も効果的なのは、3つの同心円で視覚的に表現し、それぞれの数値と根拠を明確に示すことです。単に数字を並べるのではなく、なぜその市場規模になるのか、どのような前提条件で計算したのかを簡潔に説明することが重要です。
投資家が最も注目するのは、TAMの大きさよりもSOMの実現可能性です。そのため、SOMに至るまでの論理的な絞り込みプロセスを丁寧に説明する必要があります。例えば「国内SaaS市場1兆円(TAM)→中小企業向け業務効率化ツール市場2,000億円(SAM)→初期は製造業に特化して3年で20億円(SOM)」といった形で、段階的な絞り込みの根拠を明確にします。
また、時系列での成長シナリオを併せて提示することも効果的です。現在のSOMから5年後にはSAMの何%を獲得し、将来的にはどこまで市場を拡大できるのかというロードマップを示すことで、投資のアップサイドを具体的にイメージしてもらえます。

信頼性を高める根拠の示し方
数字の信頼性を高めるには、複数の情報源を組み合わせることが重要です。政府統計、業界レポート、競合の公開情報など、第三者の客観的データを引用しながら、自社の一次情報(顧客インタビュー、実証実験の結果など)で補強する方法が効果的です。
特にSOMについては、具体的な顧客獲得戦略とセットで説明することが説得力を生みます。どのチャネルで、どのような営業手法で、どれくらいのCAC(顧客獲得コスト)で獲得していくのかを明確にすることで、数字の実現可能性が格段に高まります。既に獲得している顧客がいる場合は、その実績をもとにした拡大シナリオを提示すると、より現実的な計画として受け止められます。
とは?スタートアップの成長に欠かせない指標を解説-300x157.png)

競合比較で差別化を明確にする
投資家は常に「なぜこのスタートアップが勝てるのか」を問います。TAM・SAM・SOMを提示する際は、競合他社との比較を交えることで、自社の優位性を明確にできます。同じTAMを狙う競合がいても、SAMの切り取り方が異なれば、違う戦略で市場を攻略できることを示せます。
例えば、大手競合がエンタープライズ市場(高単価・長期契約)を狙っているのに対し、自社は中小企業市場(低単価・短期契約だが圧倒的な企業数)を狙うといった形で、市場の切り取り方の違いを明確にします。これにより、巨大なTAMの中でも自社が勝てる領域があることを論理的に説明できます。重要なのは、市場の大きさだけでなく、その市場で勝つための明確な戦略があることを示すことです。
よくある失敗パターンと回避方法
TAMを過大評価してしまう罠
スタートアップが陥りやすい最大の失敗は、TAMを必要以上に大きく見積もることです。投資家の興味を引こうとして「世界の広告市場70兆円がTAM」といった、自社のビジネスとの関連性が薄い巨大な数字を提示してしまうケースがよく見られます。しかし、経験豊富な投資家はこうした非現実的な数字をすぐに見抜き、かえって信頼性を損なう結果となります。
この罠を回避するには、自社のビジネスモデルと直接的に関連する市場に限定することが重要です。例えばAIチャットボットを開発しているなら、「全世界のIT市場」ではなく「カスタマーサポート自動化ツール市場」に絞り込むべきです。また、TAMを算出する際は、現在の市場規模だけでなく、技術革新による市場創造の可能性も考慮に入れることで、より現実的かつ魅力的な数字を提示できます。
SOMの設定が楽観的すぎる問題
もう一つの典型的な失敗は、SOMを楽観的に設定しすぎることです。「3年で市場シェア10%獲得」といった根拠のない目標を掲げても、投資家には非現実的と判断されます。特に競合が多い成熟市場では、新規参入企業が短期間で大きなシェアを獲得することは極めて困難です。
現実的なSOMを設定するには、類似企業の成長実績をベンチマークとして活用することが効果的です。同じ業界で成功したスタートアップが、創業から3年でどれくらいの売上を達成したか、どの程度の市場シェアを獲得したかを調査し、それを参考に自社の目標を設定します。また、初期は特定の地域やセグメントに集中し、段階的に拡大していくシナリオを描くことで、より実現可能性の高い計画となります。
データの一貫性と更新頻度の軽視
意外と見落としがちなのが、使用するデータの一貫性と鮮度の問題です。TAMは2023年のデータ、SAMは2020年の調査、SOMは独自の推計といった形で、異なる時点や手法のデータを混在させると、全体の整合性が取れなくなります。また、一度作成した市場分析を何年も更新せずに使い回すことも、信頼性を大きく損ないます。
この問題を避けるためには、可能な限り同時期のデータを使用し、出典を明確に記載することが大切です。データソースが古い場合は、成長率を考慮して現在価値に換算するなどの工夫も必要です。さらに、少なくとも年に一度は市場分析を更新し、市場環境の変化や自社の成長に応じて数値を見直すことで、常に最新かつ正確な情報を投資家に提供できるようになります。
まとめ
TAM・SAM・SOMは、スタートアップが市場機会を段階的に把握し、成長ストーリーを描くための必須ツールです。TAMで市場の魅力度を示し、SAMで現実的なターゲットを明確にし、SOMで実行可能な目標を設定することで、投資家との共通言語が生まれます。
重要なのは、これらの数字を単に大きく見せることではなく、論理的な根拠とともに実現可能性を示すことです。トップダウンとボトムアップの両アプローチを使い分け、複数のデータソースで裏付けを取り、競合分析を踏まえた差別化戦略とセットで提示することが、説得力のある市場分析につながります。
市場分析は一度作って終わりではありません。事業の成長とともに定期的に見直し、常に最新の市場環境を反映させることで、より精度の高い経営判断が可能となります。正確なTAM・SAM・SOM分析は、資金調達の成功だけでなく、スタートアップの持続的な成長を支える羅針盤となるでしょう。
本記事が参考になれば幸いです。