監査等委員会設置会社とは?スタートアップがIPO前に知るべき機関設計の選択肢

この記事でわかること
  • 監査等委員会設置会社とは
  • なぜスタートアップが監査等委員会設置会社を選ぶのか
  • 監査役会設置会社・指名委員会等設置会社との違い
  • 監査等委員会設置会社のメリット・デメリット
  • 移行プロセスと必要な準備

IPOを目指すスタートアップにとって、適切な機関設計の選択は事業成長と同じくらい重要な経営課題です。2015年の会社法改正で導入された「監査等委員会設置会社」は、現在では東証上場企業が採用する主流のガバナンス体制となっています。

この制度の最大の魅力は、限られた経営リソースで効果的なガバナンス強化を実現できる点にあります。従来の監査役会設置会社と比べて社外役員の人数を抑えられるため、人材確保やコスト面での負担を軽減しながら、上場企業として求められる監督機能を確保することが可能です。

本記事では、スタートアップが監査等委員会設置会社への移行を検討する際に知っておくべき基本的な仕組みから、メリット・デメリット、移行プロセス、そして最適な移行タイミングまでを解説します。

目次

監査等委員会設置会社とは

基本的な定義と仕組み

監査等委員会設置会社は、2015年の会社法改正で新たに導入された株式会社の機関設計の一つです。従来の監査役会に代わり、取締役会の中に「監査等委員会」を設置することで、取締役の職務執行を監査する仕組みを持つ会社形態を指します。

この制度の最大の特徴は、監査を担う「監査等委員」が取締役として選任される点にあります。監査等委員会は3名以上の取締役で構成され、その過半数は社外取締役でなければなりません。つまり、最低でも2名の社外取締役が必要となります。

監査と監督の一体化

従来の監査役会設置会社では、監査役は取締役会での議決権を持たず、独立した立場から監査を行っていました。一方、監査等委員会設置会社では、監査等委員が取締役として議決権を持つため、経営の意思決定に直接関与しながら監査機能を果たすことができます。

この「監査」と「監督」の一体化により、より実効性の高いガバナンス体制の構築が可能となります。監査等委員は、取締役の選解任や報酬に関する株主総会での意見陳述権も有しており、経営陣に対する牽制機能を強化する役割を担っています。

なぜスタートアップが監査等委員会設置会社を選ぶのか

IPO準備における効率性の追求

スタートアップが監査等委員会設置会社を選択する最大の理由は、限られた経営資源で効果的なガバナンス体制を構築できる点にあります。監査役会設置会社の場合、社外監査役2名に加えて社外取締役2名の計4名の社外役員が必要となりますが、監査等委員会設置会社では社外取締役2名で済むため、人材確保の負担を大幅に軽減できます。

成長フェーズにあるスタートアップにとって、適切な社外役員の確保は大きな課題です。特に専門性の高い人材や業界に精通した社外役員を複数名確保することは、コスト面でも採用面でも大きな負担となります。監査等委員会設置会社への移行により、この負担を最小限に抑えながら上場企業として求められるガバナンス水準を満たすことが可能となります。

海外投資家への訴求力

グローバル展開を視野に入れるスタートアップにとって、海外投資家からの理解を得やすい機関設計であることも重要な選択理由です。監査役制度は日本独自のものであり、海外投資家には馴染みが薄く、その実効性について疑問を持たれることがあります。

一方、監査等委員会設置会社は、取締役会内で監査機能を担う仕組みであり、欧米のガバナンス体制に近い形態として理解されやすくなっています。

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監査役会設置会社・指名委員会等設置会社との違い

3つの機関設計の比較

日本の会社法では、上場企業が選択できる機関設計として「監査役会設置会社」「指名委員会等設置会社」「監査等委員会設置会社」の3つが存在します。それぞれの特徴を理解することで、なぜ監査等委員会設置会社がスタートアップに適しているかが明確になります。

監査役会設置会社は、取締役会とは独立した監査役会(監査役3名以上、過半数は社外)を設置する従来型の機関設計です。監査役は取締役会での議決権を持たず、独立した立場から監査を行います。日本企業の多くが採用してきた伝統的な形態ですが、社外監査役と社外取締役の両方を確保する必要があり、人材面での負担が大きくなります。

指名委員会等設置会社は、取締役会の下に指名・報酬・監査の3つの委員会を設置し、各委員会の過半数を社外取締役が占める必要があります。執行と監督を明確に分離した欧米型のガバナンスモデルですが、社外取締役を多数確保する必要があり、導入のハードルが高いのが実情です。

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スタートアップにとっての現実的な選択

監査等委員会設置会社は、両者の中間的な位置づけとして設計されました。監査等委員会のみを設置すれば良く、社外取締役は最低2名で済むため、人材確保の負担が軽減されます。また、重要な業務執行の決定を取締役に委任できるため、迅速な意思決定が可能です。

スタートアップにとって重要なのは、限られたリソースで実効性のあるガバナンス体制を構築することです。監査等委員会設置会社は、必要最小限の社外役員で上場企業として求められる監督機能を確保できる、最も現実的な選択肢といえるでしょう。

監査等委員会設置会社のメリット・デメリット

スタートアップが享受できる主なメリット

監査等委員会設置会社への移行による最大のメリットは、社外役員の人数を抑えながらガバナンス強化を実現できることです。社外監査役が不要となるため、役員報酬などのコストを削減でき、成長投資に資金を振り向けることが可能となります。また、常勤監査役の設置義務もないため、組織の柔軟性が高まります。

意思決定の迅速化も大きな利点です。取締役会の権限の一部を業務執行取締役に委任できるため、市場環境の変化に素早く対応する必要があるスタートアップにとって、競争優位性の確保につながります。さらに、監査等委員が取締役会で議決権を持つことで、社外の視点を経営判断に直接反映させることができ、投資家からの信頼獲得にも寄与します。

監査等委員の任期が2年と監査役の4年より短いことも、成長に応じて最適な人材を登用したいスタートアップにとってはメリットとなります。事業フェーズに応じた専門性を持つ社外取締役を柔軟に選任できる点は、急成長を目指す企業にとって重要な要素です。

導入時に考慮すべきデメリット

一方で、新体制への移行には相応のコストと労力が必要です。定款変更、社内規程の整備、株主への説明など、多岐にわたる準備が求められます。特に制度導入事例がまだ限定的であるため、他社事例やテンプレートが少なく、ゼロベースで制度設計を行う必要がある場合もあります。

また、監査等委員会は合議制であるため、個々の委員が単独で権限を行使することができません。緊急時の対応において、従来の監査役制度と比べて柔軟性に欠ける可能性があります。スタートアップの場合、想定外の事態への迅速な対応が求められることも多いため、この点は事前に対策を講じておく必要があるでしょう。

移行プロセスと必要な準備

移行に向けた基本ステップ

監査等委員会設置会社への移行は、株主総会での特別決議による定款変更から始まります。出席株主の3分の2以上の賛成が必要となるため、事前の株主説明と合意形成が極めて重要です。スタートアップの場合、VCなど主要株主との密なコミュニケーションを通じて、移行の目的と期待される効果を丁寧に説明する必要があります。

定款変更と同時に、既存の監査役は退任し、新たに監査等委員となる取締役を選任します。多くの企業では、現任の社外監査役を監査等委員である取締役として横滑りさせるケースが一般的ですが、スタートアップの場合は、今後の成長戦略に適した人材を新規に招聘することも検討すべきでしょう。

取締役会規程や監査等委員会規程など、各種社内規程の整備も必須です。特に、重要な業務執行の決定権限をどの範囲まで取締役に委任するか、監査等委員会の運営方法をどうするかなど、自社の実情に合わせた制度設計が求められます。

スタートアップが準備すべき実務対応

移行準備には通常3〜6ヶ月程度の期間が必要です。まず、法務アドバイザーや監査法人との協議を通じて、移行スケジュールと必要書類のリストアップを行います。株主総会招集通知、議事録、有価証券報告書など、各種開示書類のフォーマット変更も必要となります。

社内体制の整備も重要な準備項目です。監査等委員会を支援する事務局機能の設置や、内部監査部門との連携体制の構築が求められます。リソースが限られるスタートアップでは、既存の管理部門メンバーが兼務することが多いですが、将来的な体制強化を見据えた人員計画も併せて検討することが望ましいでしょう。

スタートアップが移行を検討すべきタイミング

IPO準備のフェーズと移行時期の関係

監査等委員会設置会社への移行を検討する最適なタイミングは、一般的にIPOの2〜3年前とされています。この時期は、主幹事証券会社が決定し、本格的な上場準備が始まる段階であり、ガバナンス体制の整備が急務となるフェーズです。早期に移行することで、新体制での運用実績を積み、上場審査において安定したガバナンス体制をアピールできます。

ただし、シリーズB以降の資金調達を控えているスタートアップは、より早期の移行を検討する価値があります。機関投資家やVCは投資先のガバナンス体制を重視する傾向が強まっており、監査等委員会設置会社への移行が投資家の信頼獲得につながる可能性があります。特に海外投資家からの資金調達を視野に入れている場合、早期の移行がプラスに働くことが期待できます。

移行を見送るべきケースと判断基準

一方で、すべてのスタートアップが早期に移行すべきというわけではありません。まだ事業モデルが確立していない段階や、ピボットの可能性が高い時期での移行は、かえって経営の柔軟性を損なう可能性があります。組織規模が20名未満の段階では、ガバナンス体制の整備よりも事業成長に注力すべきでしょう。

移行の判断基準として重要なのは、適切な社外取締役候補者を確保できるかという点です。単に人数を揃えるのではなく、自社の事業領域に知見があり、成長をサポートできる人材の確保が前提となります。また、管理部門の体制がある程度整備されていることも必要条件です。

最終的には、自社の成長ステージ、資金調達計画、IPOまでのスケジュールを総合的に勘案して判断することが重要です。移行後の運用負担も考慮し、無理のないタイミングでの実施を心がけるべきでしょう。

まとめ

監査等委員会設置会社は、スタートアップがIPOに向けて効率的にガバナンス体制を構築するための有力な選択肢です。社外役員の人数を最小限に抑えながら、取締役会での議決権を持つ監査等委員による実効性の高い監督機能を実現できる点が最大の魅力といえるでしょう。

移行にあたっては、定款変更や社内規程の整備など相応の準備が必要ですが、IPOの2〜3年前を目安に計画的に進めることで、スムーズな移行が可能です。重要なのは、自社の成長ステージや資金調達計画を踏まえて、最適なタイミングを見極めることです。

単なる制度の導入に終わらせず、自社の成長を加速させるガバナンス体制として機能させるためには、適切な社外取締役の選任と、監査等委員会を支える社内体制の整備が不可欠です。形式的な要件を満たすだけでなく、実質的に機能する組織づくりを意識することで、投資家からの信頼獲得と持続的な企業価値向上の両立が実現できるでしょう。

本記事が参考になれば幸いです。

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この記事を書いた人

O f All株式会社の編集局です。ファイナンス・資本政策・IPO・経営戦略・成長戦略・ガバナンス・M&Aに関するノウハウを発信しています。

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