- 監査役会設置会社とは何か
- 監査役会の設置が必要になるタイミング
- 監査役会と他の機関設計の選択肢
- 監査役会のメンバー構成と実務
- スタートアップが監査役会を設置する手順
スタートアップが成長し、IPOを視野に入れる段階になると避けて通れないのが機関設計の選択です。特に監査役会設置会社は、日本の上場企業の約半数が採用する最もスタンダードな形態でありながら、その仕組みや設置タイミング、他の選択肢との違いについて体系的に理解している経営者は多くありません。
本記事では、スタートアップの経営者や管理部門の方向けに、監査役会設置会社の基本的な仕組みから、設置が必要になるタイミング、監査等委員会設置会社など他の機関設計との比較、実際の設置手順までを解説します。
監査役会設置会社とは何か
監査役会設置会社の定義と基本的な仕組み
監査役会設置会社とは、取締役の業務執行を監査する「監査役会」という機関を設置している株式会社のことです。監査役会は、3名以上の監査役で構成される合議体として、取締役会から独立した立場で企業の業務執行や会計処理が適正に行われているかを監視します。
この制度の特徴は、監査役が取締役会での議決権を持たない代わりに、独立性の高い監査機能を発揮できる点にあります。監査役は株主総会で選任され、取締役とは別の立場から企業運営をチェックすることで、経営の健全性を保つ役割を担います。
監査役と監査役会の違い
監査役と監査役会は混同されやすいですが、明確な違いがあります。監査役は個々の役職者を指し、独任制という原則のもと、それぞれが独立して監査権限を行使できます。一方、監査役会は監査役全員で構成される組織体であり、監査の方針決定や監査報告の作成などを行います。重要なのは、監査役会の決定があっても、個々の監査役の権限行使を妨げることはできないという点です。

スタートアップにとっての意義
スタートアップにとって監査役会設置会社という機関設計は、将来的なIPOを見据えた際の選択肢の一つとなります。日本の上場企業の多くが、この形態を採用しており、投資家や取引先からの信頼性向上にもつながります。ただし、社外監査役を含む3名以上の監査役が必要となるため、人材確保やコスト面での検討が必要です。初期段階では監査役を1名置く形から始め、成長に応じて監査役会設置会社へ移行するという段階的なアプローチも現実的な選択となるでしょう。
監査役会の設置が必要になるタイミング
法律上の設置義務が発生する条件
監査役会の設置が法的に義務付けられるのは、公開会社かつ大会社に該当する場合です。公開会社とは、定款で株式の譲渡制限を設けていない会社を指し、これは上場会社とは異なる概念です。大会社は資本金5億円以上または負債総額200億円以上の会社を指します。スタートアップの場合、大型の資金調達により資本金が5億円を超えた時点で、この要件に該当する可能性があります。
重要なのは、上場していなくても条件を満たせば設置義務が発生する点です。例えば、シリーズCやDラウンドで大規模な調達を実施した未上場企業でも、資本金要件に該当すれば監査役会の設置が必要となります。
IPO準備における実務的なタイミング
実務的には、IPO準備を本格化させるN-2期(上場申請期の2期前)までに監査役会を設置するケースが一般的です。これは主幹事証券会社や監査法人から、早期のガバナンス体制整備を求められるためです。特に、上場審査では過去2年間の内部管理体制が審査対象となるため、N-2期の期初から監査役会が機能していることが望ましいとされています。
スタートアップが検討すべき早期設置のメリット
法的義務がなくても、投資家からの要請やガバナンス強化の観点から、早期に監査役会を設置するスタートアップも増えています。特にVCから大型調達を受ける際、投資契約の条件として監査役会設置を求められることがあります。
早期設置のメリットは、内部統制の強化による不正リスクの低減、機関投資家からの信頼獲得、そして上場準備期間の短縮です。一方で、社外監査役の人件費や監査役会運営のコストが発生するため、シリーズA後期からシリーズB段階での設置が現実的なタイミングといえるでしょう。成長ステージと資金余力を考慮しながら、戦略的に判断することが重要です。
監査役会と他の機関設計の選択肢
3つの機関設計の基本的な違い
上場を目指すスタートアップには、監査役会設置会社、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社という3つの選択肢があります。監査役会設置会社は日本の伝統的な形態で、監査役が取締役会から独立して監査を行います。監査等委員会設置会社は2015年に導入された制度で、監査等委員である取締役が取締役会の一員として議決権を持ちながら監査を担当します。指名委員会等設置会社は最も欧米的な形態で、指名・報酬・監査の3委員会を設置し、執行と監督を明確に分離します。



スタートアップに適した機関設計の比較
スタートアップにとって重要な比較ポイントは、必要な社外役員数とコスト、そして意思決定の迅速性です。監査役会設置会社は社外監査役2名と社外取締役1名の計3名が必要ですが、監査役は議決権を持たないため取締役会の意思決定は比較的スムーズです。監査等委員会設置会社は社外取締役2名で済むため人材確保の負担が軽く、かつ常勤監査役が不要なためコスト面でもメリットがあります。
指名委員会等設置会社は各委員会に社外取締役が必要で、最低でも社外取締役2名が必要ですが、取締役の指名や報酬決定を社外取締役に委ねることへの心理的抵抗から、採用企業は限定的です。
機関設計選択の実務的な判断基準
スタートアップが機関設計を選択する際は、成長ステージと将来の事業戦略を考慮すべきです。シード・アーリー期は取締役会と監査役1名の体制から始め、シリーズB以降で監査役会設置会社へ移行するのが一般的なパターンです。ただし、海外投資家からの資金調達を重視する場合や、M&Aによるエグジットも視野に入れる場合は、議決権を持つ監査等委員会設置会社への早期移行も検討価値があります。重要なのは、一度選択した機関設計から他の形態への変更も可能という点で、成長に応じて柔軟に対応できることです。
監査役会のメンバー構成と実務
必要な人員構成と要件
監査役会は最低3名以上の監査役で構成され、その半数以上を社外監査役とする必要があります。また、常勤監査役を1名以上選定することが義務付けられています。実務的には、常勤監査役1名、社外監査役2名の3名体制が最も一般的です。社外監査役の要件は、過去10年間その会社やグループ会社の取締役・使用人でないことなど厳格に定められており、独立性の確保が重視されています。
監査役の任期は4年と取締役の2年より長く設定されており、これは監査の独立性と継続性を担保するためです。スタートアップが監査役を選任する際は、会計・法務・業界知識など異なる専門性を持つ人材を組み合わせることで、多角的な監査体制を構築することが重要です。
監査役会の運営実務
監査役会は原則として月1回以上開催され、監査方針の決定、監査計画の策定、監査報告の作成などを行います。常勤監査役は日常的に社内の重要会議に出席し、稟議書の閲覧や各部門へのヒアリングを実施します。一方、社外監査役は月次の監査役会と取締役会への出席が主な活動となり、常勤監査役からの報告を基に外部の視点から意見を述べます。
実務上の重要なポイントは、監査役会議事録の作成と保管です。上場審査では過去の監査役会の活動実績が詳細にチェックされるため、議事録には議題、審議内容、各監査役の発言要旨を具体的に記載する必要があります。
スタートアップにおける監査役の報酬相場
スタートアップにおける監査役報酬は、企業規模や成長ステージにより大きく異なります。シリーズA〜B段階では、常勤監査役が年額300〜600万円、社外監査役が年額100〜300万円程度が相場です。上場準備段階になると、常勤監査役は600〜1,000万円、社外監査役は200〜500万円程度まで上昇します。
報酬以外にも、ストック・オプションの付与を検討する企業も多く、特に資金力に限りがあるアーリーステージでは重要な インセンティブとなります。ただし、監査役へのストック・オプション付与は独立性の観点から慎重に設計する必要があり、付与割合は発行済株式総数の1%未満に抑えるのが一般的です。

スタートアップが監査役会を設置する手順
設置前の準備と人材確保
監査役会設置の第一歩は、適切な監査役候補者の確保です。スタートアップの場合、VCや既存投資家からの紹介、顧問弁護士・会計士からの推薦、経営者のネットワークを通じた探索が主な方法となります。特に社外監査役については、上場企業での監査役経験者や公認会計士・弁護士などの専門家が望ましく、早めに候補者リストを作成し、打診を開始することが重要です。
候補者との面談では、監査役の役割と責任、想定される業務量、報酬条件、ストック・オプションの有無などを明確に説明し、相互の期待値を調整します。また、利益相反の有無や独立性要件を満たしているかの確認も必須です。人材確保には通常2〜3か月程度かかるため、設置予定時期から逆算してスケジュールを組む必要があります。
株主総会での決議と必要書類
監査役会設置には、まず株主総会での定款変更決議が必要です。定款変更は特別決議事項のため、議決権の3分の2以上の賛成が必要となります。同時に、各監査役の選任決議も行います。株主総会の招集通知は原則として開催日の1週間前までに発送し、議案には定款変更の内容と監査役候補者の略歴を記載します。
株主総会後は、選任された監査役から就任承諾書を取得し、その後直ちに監査役会を開催して常勤監査役を選定します。これらの手続き完了後、2週間以内に法務局へ変更登記申請を行います。必要書類は株主総会議事録、定款、株主リスト、就任承諾書、本人確認書類などです。
設置後の運営体制整備
監査役会設置後は、実効性のある運営体制の整備が不可欠です。まず監査役会規程を制定し、開催頻度、議事運営、議事録作成などのルールを明文化します。次に年間監査計画を策定し、重点監査項目や各監査役の役割分担を決定します。
実務面では、監査役専用のメールアドレスの設定、重要書類へのアクセス権限の付与、監査役会開催場所の確保などの環境整備が必要です。また、内部監査部門との連携体制を構築し、情報共有のルートを確立することも重要です。スタートアップの場合、管理部門のリソースが限られるため、監査役会の事務局機能をCFOやコーポレート部門が兼務することが一般的です。
監査役会から他の機関設計への移行
監査等委員会設置会社への移行が増えている理由
近年、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社への移行が急速に進んでおり、上場企業では年間50社以上が移行しているといわれています。スタートアップがこの移行を選択する主な理由は、社外役員の人数削減によるコスト削減と、監査等委員が取締役会で議決権を持つことによるガバナンス強化です。特に海外投資家は、議決権を持たない監査役制度への理解が薄く、監査等委員会の方が説明しやすいという実務的なメリットもあります。
また、常勤監査役の設置義務がないため、優秀な社外取締役を非常勤で確保しやすくなります。成長期のスタートアップにとって、限られた人的リソースを効率的に活用できる点は大きな魅力です。移行により取締役会から業務執行取締役への権限委譲も可能となり、意思決定の迅速化にもつながります。
移行手続きの具体的なステップ
監査等委員会設置会社への移行は、定款変更を伴う重要な組織変更です。まず取締役会で移行の基本方針を決議し、その後株主総会で定款変更の特別決議を行います。この際、現任の監査役は任期満了を待たずに退任することになるため、事前の調整が不可欠です。
株主総会では、監査等委員である取締役とそれ以外の取締役を区別して選任します。実務的には、現任の社外監査役を監査等委員である取締役に横滑りさせるケースが多く見られます。移行のタイミングは、監査役の任期満了時期に合わせることで、退任に伴う退職慰労金などの追加コストを抑制できます。登記手続きは株主総会から2週間以内に完了させる必要があります。
移行時の実務的な注意点
移行において最も重要なのは、ステークホルダーへの事前説明です。特に既存投資家やレンダーに対しては、移行の目的と効果を丁寧に説明し、理解を得る必要があります。監査役から監査等委員への役割変更について、該当者と十分な協議を行い、新たな職責や報酬条件について合意することも欠かせません。
内部的には、監査等委員会規程の新規制定、取締役会規程の改定、職務権限規程の見直しなど、関連規程の整備が必要です。上場準備中の企業の場合、主幹事証券会社や監査法人と事前に協議し、上場審査への影響を確認することが重要です。移行後も継続的な監査の質を維持するため、引き継ぎ期間を十分に確保することを推奨します。
まとめ
監査役会設置会社は、日本の伝統的な機関設計として多くの上場企業に採用されていますが、スタートアップにとっては成長ステージに応じた柔軟な対応が重要です。シード・アーリー期は最小限の体制から始め、大型調達やIPO準備のタイミングで監査役会を設置するという段階的アプローチが現実的でしょう。
設置にあたっては、社外監査役2名を含む3名体制の構築と、それに伴うコスト負担を考慮する必要があります。一方で、近年は監査等委員会設置会社への移行も選択肢として注目されており、社外役員の効率的な活用や海外投資家への説明のしやすさから、移行を選択する企業も増えています。
最適な機関設計に唯一の正解はありません。自社の成長戦略、投資家構成、将来的なエグジット戦略を総合的に判断し、必要に応じて柔軟に変更していくことが、スタートアップの持続的な成長につながります。
本記事が参考になれば幸いです。