自己株式の消却とは?
自己株式の消却は、上場企業を中心に広く活用されている資本政策のひとつです。非公開企業においても、事業承継や持株比率の調整などを目的として実施されるケースがあります。自己株式の消却には株価対策や企業価値向上など、さまざまなメリットがある一方で、財務状況への影響も考慮する必要があります。
本記事では、自己株式の消却とは何か、その目的やメリット・デメリットから、具体的な手続きの流れまで詳しく解説します。経営戦略や財務戦略の検討材料として、ぜひ参考にしてください。
自己株式とは
自己株式とは、株式会社が発行する株式のうち、自社で取得して保有している株式のことを指します。
かつて日本では、インサイダー取引や株価操縦などの不正利用を防ぐ目的から、自己株式の取得は原則として禁止されていました。しかし、1994年の商法改正で一部緩和され、2001年の改正に伴い、自己株式の取得が全面的に解禁されました。現在では、自己株式の保有は数量や期限に制限なく認められています。一方、取得にあたっては、財源規制等の法令上の制限があります。取得した自己株式は、取締役会の決議を経て、消却したり、株式報酬制度などの目的で処分したりすることができます。
自己株式の取得・保有が自由化された一方で、上場企業を中心に、悪用を防止するためのルールも設けられています。例えば、一日に注文できる数量や値段などには制限があり、相場操縦などの不正行為を防ぐ仕組みが整備されています。
自己株式の消却とは
自己株式の消却とは、企業が取得した自社の株式を消滅させ、発行済株式総数を減少させることを指します。「株式消却」や「自社株消却」とも呼ばれています。
自己株式の消却を行うと、消却した株式数だけ発行済株式総数が減少するため、株式市場における株式の希少性が高まり、株価上昇の効果が期待できます。また、発行済株式総数の適正化によって、企業のガバナンス体制の強化や経営効率の向上といった効果も見込めます。
自己株式を消却する主な目的としては、発行済株式総数の適正化、株価の上昇促進、株主への利益還元、買収防衛策、事業承継対策などが挙げられます。
自己株式の消却は、取締役会などの決議機関による正式な決議を経て、株式の失効手続きを行い、発行済株式総数の減少を登記する必要があります。
自己株式の消却と処分の違い
自己株式の管理方法として、「消却」と「処分」という2つの選択肢があります。これらは似ているようで本質的に異なる手続きです。
自己株式の消却とは、取得した自社の株式を完全に消滅させ、発行済株式総数を減少させることです。
一方、自己株式の処分とは、保有している自己株式を第三者に譲渡または交付することを指し、この場合は発行済株式総数に変化はありません。
この2つの方法は目的や効果、必要な手続きなどが大きく異なります。以下に詳細を説明します。
発行済株式総数への影響
消却の場合:発行済株式総数が減少します。例えば、発行済株式総数100万株の企業が10万株を自己株式として消却すると、発行済株式総数は90万株になります。
処分の場合:発行済株式総数は変化しません。同じ企業が10万株の自己株式を処分しても、発行済株式総数は100万株のままです。株式の所有者が変わるだけです。
企業の資金状況への影響
消却の場合:消却そのものでは新たな資金は得られません。ただし、消却前に自己株式取得をした場合は、その時に資金が社外に流出しています。
処分の場合:自己株式を売却することで企業に資金が入り、資金調達として機能します。
法的手続きの違い
消却の場合:取締役会設置会社であれば取締役会の決議、非設置会社であれば株主総会の普通決議または取締役の過半数の決議が必要です。また、消却により発行済株式総数が減少するため、効力発生日から2週間以内に変更登記が必要です。
処分の場合:会社法上の新株発行手続きと同様の手続きが必要となります。具体的には、募集事項の決定(取締役会または株主総会による)、申込の受付、株式の割当などの手続きが必要です。ただし、発行済株式総数は変わらないため変更登記は不要です。
主な利用目的
消却の場合
- 発行済株式総数の適正化
- 株価の上昇を促進
- 1株当たりの価値向上による株主還元
- 敵対的買収への防衛策
- 事業承継における経営権の集中
処分の場合
- 資金調達
- M&A等の企業再編における対価としての活用
- ストックオプションや従業員持株会への割当
- 企業間の業務提携や資本提携の強化
会計処理の違い
消却の場合:「自己株式消却損」として処理され、「その他資本剰余金」または「その他利益剰余金」から減額されます。
処分の場合:売却価格と取得価格の差額が「自己株式処分差益」または「自己株式処分差損」として処理されます。
このように、自己株式の消却と処分はそれぞれ異なる特徴と効果を持っています。企業は自社の経営戦略や財務状況に応じて、どちらの方法が適しているかを慎重に検討する必要があります。
株式報酬制度としての自己株式
自己株式は、株式報酬制度において自己株式の処分という形で活用されることがあります。たとえば、譲渡制限付株式(RS)や現物交付型ストック・オプションにおいて、新株発行の代わりに保有する自己株式を交付することで、発行済株式数を増やすことなく希薄化を回避することが可能です。
とくに上場企業では、自己株式の処分を通じて株主への影響を抑えつつインセンティブ設計を行えるため、資本政策と報酬制度の整合を図るうえで有効な手段となります。

自己株式の消却を行うメリット
自己株式の消却には多くのメリットがあり、企業の経営戦略や財務政策において重要な役割を果たします。ここでは、主なメリットを詳しく解説します。
発行済株式総数の適正化
自己株式の消却を行うことで、発行済株式総数を適正な規模に調整できます。発行済株式総数が過剰になると、企業のガバナンスに支障をきたす恐れがあります。具体的には、株主総会での意思決定に不必要な時間がかかったり、株主管理が煩雑になり管理コストが増大したりする可能性があります。
自己株式を消却して発行済株式総数を減少させることで、企業のガバナンス体制を強化し、経営の効率化を図ることができます。また、適正な発行済株式総数は、既存の株主に対する信頼の向上にもつながります。
株価の上昇効果
自己株式の消却は、株価上昇をもたらす効果があります。経済の基本原理によれば、一般的に供給が減少すれば価格は上昇します。自己株式を消却することで市場に流通する株式数(供給量)が減少するため、株価の上昇が期待できます。
特に、企業価値と比較して株価が過小評価されている場合、自己株式の消却は効果的な株価対策となります。また、株式数の減少に伴い、1株当たりの純利益(EPS:Earnings Per Share)も向上するため、投資指標の改善にもつながります。
買収防衛策としての効果
自己株式の消却は、敵対的買収に対する防衛策としても機能します。自己株式を消却することで市場に流通する株式数を減少させ、自社や既存株主の持株比率を相対的に高めることができます。
また、消却による株価上昇は、買収コストの増加にもつながるため、敵対的買収者にとっての障壁となります。企業は自己株式の消却を通じて、外部からの不測の買収リスクを軽減し、経営の安定性を確保することができます。
納税資金の確保(非上場会社)
非上場会社にとっては、相続税対策としても自己株式の消却が活用されます。非上場会社の株式は相続の対象となりますが、流動性が低いため、相続税の納税資金が不足する可能性があります。
例えば、後継者が相続した株式の一部を会社に買い取ってもらうことで、相続税の納税資金を調達することができます。会社は買い取った株式を消却することで、経営権の分散を防ぎながら後継者の資金問題を解決できます。
事業承継対策としての効果
事業承継の場面では、複数の相続人に株式が分散することで経営権の分散が懸念されます。自己株式の消却は、こうした事業承継における課題解決にも役立ちます。
後継者以外の相続人から株式を会社が買い取り、消却することで、経営権を持つ後継者の持株比率を向上させることができます。これにより、会社の経営権を集中させ、スムーズな事業承継と将来の経営安定化を図ることが可能になります。
M&A(合併と買収)における活用
自己株式は、M&A戦略においても重要な役割を果たします。企業買収や合併の際に、対象企業の株主に対して現金の代わりに自社株式を交付することがあります。自己株式を活用することで、現金支出を抑えながらM&Aを実施できるメリットがあります。
消却は直接M&Aに利用されるわけではありませんが、自己株式の取得と保有、そして状況に応じた消却を組み合わせることで、柔軟な資本政策が可能になります。
以上のように、自己株式の消却は企業にとって多様なメリットをもたらします。ただし、これらのメリットを最大化するためには、企業の状況や目的に応じた適切な判断が不可欠です。
自己株式の消却を行うデメリット
自己株式の消却にはさまざまなメリットがある一方で、無視できないデメリットも存在します。企業が自己株式の消却を検討する際には、これらのデメリットも十分に理解しておく必要があります。
自己資本比率の低下
自己株式の消却を行うと、企業の自己資本が減少します。自己株式は購入時に現金などの資産と交換されるため、消却によって純資産の部が減少することになります。その結果、自己資本比率(総資産に占める自己資本の割合)が低下します。
自己資本比率は企業の財務健全性を示す重要な指標の一つであり、この比率が低下すると、金融機関や投資家からの評価に悪影響を及ぼす可能性があります。また、将来の資金調達においても条件が不利になるリスクがあります。
特に、もともと自己資本比率が低い企業や、資金調達を予定している企業にとっては、自己株式の消却による自己資本比率の低下は大きなデメリットとなり得ます。
資金繰りの悪化
自己株式の取得と消却には、多額の資金が必要となる場合があります。自己株式を市場から購入するためには現金が必要であり、その結果として企業の手元資金が減少します。
消却した自己株式は原則として譲渡や売却ができないため、一度使用した資金は回収できません。そのため、急な事業機会や予期せぬ資金需要が発生した場合に対応できなくなるリスクがあります。
特に、成長フェーズにある企業や、大型の設備投資を計画している企業にとっては、自己株式の消却による資金繰りの悪化が事業展開の制約要因になる可能性があります。
キャッシュの社外流出
自己株式の取得段階で、会社の資産(現金)が株主へ流出します。消却はその後の手続きであるため、すでに資金は社外に出ている状態です。この資金は本来、事業投資や研究開発、配当などに使用できた資金であり、特に成長機会がある企業にとっては機会損失となる可能性があります。
投資家や株主からは、「なぜその資金を成長投資に回さないのか」という疑問が生じる場合もあります。企業が自己株式の消却を選択する際には、その目的や背景について合理的な説明が求められることがあります。
株式の流動性低下
市場に流通する株式数が減少することで、株式の流動性が低下するリスクがあります。特に、もともと流動性の低い中小型株や新興市場の銘柄では、自己株式の消却によって取引量が減少し、株価の変動性が高まる可能性があります。
流動性の低下は、機関投資家にとっては投資対象としての魅力の低下につながり、結果的に投資家層の偏りや株価の不安定化を招くこともあります。
手続きにかかるコストと手間
自己株式の消却には、取締役会の決議や登記変更などの法的手続きが必要です。これらの手続きには時間とコストがかかります。特に、登記変更には司法書士への報酬や登録免許税などの費用が発生します。
また、会計処理や税務処理も複雑になる可能性があり、専門家への相談費用や社内の業務負担が増加するデメリットもあります。
柔軟な資本政策の制約
一度消却した株式は元に戻すことができません。将来的に株式を活用した資金調達や企業再編が必要になった場合、新株発行などの別の手続きが必要になります。この点で、処分という選択肢と比較すると、消却は企業の資本政策の柔軟性を制約する側面があります。
特に、事業環境や経営戦略が急速に変化する可能性がある企業にとっては、この柔軟性の制約が将来の選択肢を狭める結果となる可能性があります。
これらのデメリットを考慮すると、自己株式の消却は企業の状況や目的に応じて慎重に判断する必要があります。特に、資金的に余裕のない企業や、高成長を目指す企業にとっては、自己株式の取得と消却によるメリットとデメリットを十分に比較検討することが重要です。
自己株式消却の手続きと流れ
自己株式の消却は、法律に基づいた一連の手続きを踏む必要があります。会社法では、消却できる株式は自己株式に限定されているため、まず自己株式の取得が前提となります。ここでは、自己株式消却の手続きと流れを順を追って解説します。
事前準備
自己株式を消却する前に、まずは準備段階として以下の作業を行います。
- 自社が保有する自己株式の数を株主名簿で確認します。
- 消却する自己株式の数を決定します。「種類株式発行会社」の場合は、自己株式の種類と種類ごとの数量も決定する必要があります。
- 必要書類として、登記簿謄本(取得から3ヶ月以内のもの)と最新の定款を用意します。これらの書類はコピーでも問題ありません。
消却の前に自己株式を取得する場合は、「不特定多数から取得する方法」と「特定株主から取得する方法」の2つの方法があります。それぞれに必要な手続きは異なりますが、いずれの場合も株主総会の決議を経て行われるのが一般的です。
決議機関での決議
自己株式の消却は、取締役会などの決議機関による決議が必要です。会社法第178条には以下のように定められています。
- 株式会社は、自己株式を消却することができる。この場合においては、消却する自己株式の数(種類株式発行会社にあっては、自己株式の種類及び種類ごとの数)を定めなければならない。
- 取締役会設置会社においては、前項後段の規定による決定は、取締役会の決議によらなければならない。
決議機関は会社の組織構造によって異なります。
- 取締役会設置会社の場合:取締役会による決議が必要です。
- 取締役非設置会社の場合:株主総会の普通決議、または取締役の過半数の決議が必要です。
株式失効の手続き
決議が行われた後は、株式の失効手続きを行います。具体的には、以下の作業を実施します。
- 株主名簿の修正:消却された株式に関する記録を株主名簿から抹消します。
- 株券の破棄:株券発行会社の場合は、対象となる株券を物理的に破棄する手続きも必要です。
株式総数減少の変更登記
自己株式の消却により発行済株式総数が減少するため、変更登記を行う必要があります。変更登記は効力発生日から2週間以内に行わなければなりません。
登記申請には以下の書類や費用が必要です。
- 取締役会議事録(取締役非設置会社の場合は取締役の決定書)
- 委任状(行政書士や司法書士などに代理を依頼する場合)
- 登録免許税
申請書類には、以下の事項を記載します。
- 登記の事由(例:株式の消却)
- 登記すべき事項(変更日付など)
- 発行済株式の総数(消却後の株式数)
自己株式消却の効力発生日
自己株式消却の効力発生日は、株券発行会社と株券不発行会社で異なります。
- 株券発行会社の場合:当該株券を破棄し、株主名簿の記載・記録を抹消した日
- 株券不発行会社の場合:株主名簿の記載・記録を抹消した日
重要なのは、自己株式の消却が決議されただけでは効力は生じないという点です。会社が何らかの行為によって消却する自己株式を特定してはじめて、消却の効力が発生します。
会計処理と税務処理
自己株式の消却には、適切な会計処理と税務処理も必要です。
会計処理では、消却した自己株式は「自己株式消却損」として処理され、「その他資本剰余金」から減額されます。「その他資本剰余金」がマイナスになる場合は、「その他利益剰余金」から補填します。
税務処理では、自己株式の取得時に資本金等の額が減少するため、消却時に資本金の増減はありません。会計処理と税務処理に差異があるため、確定申告時には申告調整が必要になることがあります。
一連の流れの例
具体的な例として、以下のような流れになります。
- 取締役会で自己株式消却の決議を行う(消却する株式数の決定)
- 株式の失効手続き(株主名簿の修正、株券の破棄)
- 効力発生日の確定
- 効力発生日から2週間以内に変更登記の申請
- 会計処理と税務処理の実施
自己株式の消却手続きは、法的要件を満たし、正確に行う必要があります。手続きを円滑に進めるためには、司法書士や税理士などの専門家に相談することをお勧めします。特に、大規模な消却や複雑な資本構成を持つ企業の場合は、専門家のサポートが不可欠でしょう。
まとめ
本記事では、自己株式の消却について解説しました。自己株式の消却とは、企業が買い戻した自社株式を消滅させ、発行済株式総数を減少させる手続きです。
消却のメリットには、株価上昇効果、発行済株式総数の適正化、買収防衛策、事業承継対策などがあります。一方で、自己資本比率の低下や資金繰りへの影響といったデメリットも存在します。
本記事が参考になれば幸いです。