- ストレスチェック制度とは何か
- ストレスチェック導入が必要な企業の条件
- ストレスチェック導入の準備と実施手順
- ストレスチェック導入時の実施体制づくり
- ストレスチェック後の対応と職場改善
労働安全衛生法により、常時50人以上の従業員を雇用する事業場ではストレスチェック制度の実施が義務付けられています。さらに2025年3月の閣議決定により、50人未満の事業場にも今後義務化される見通しです。従業員のメンタルヘルス不調を未然に防ぎ、働きやすい職場環境を構築するためには、適切な準備と運用が不可欠です。
本記事では、スタートアップ企業の担当者に向けて、ストレスチェック制度の基本から導入手順、実施体制づくり、失敗しないポイントまでを網羅的に解説します。限られたリソースの中でも効果的にストレスチェックを導入し、組織の成長を支える健康管理体制を構築しましょう。
ストレスチェック制度とは何か
ストレスチェックの定義と法的根拠
ストレスチェック制度とは、労働安全衛生法第66条の10に基づき実施される「心理的な負担の程度を把握するための検査」です。2015年12月から施行されたこの制度は、従業員が自身のストレス状態に気づき、メンタルヘルス不調を未然に防ぐことを目的としています。質問票を用いて仕事のストレス要因や心身の反応、周囲のサポート状況などを評価し、従業員の精神的健康状態を客観的に把握します。
ストレスチェック制度の目的
ストレスチェック制度には大きく分けて2つの目的があります。
1つ目は、従業員自身がストレス状態に気づき、セルフケアを促進することでメンタルヘルス不調を予防する一次予防です。高ストレス者には医師による面接指導を実施し、適切な対応につなげます。
2つ目は、組織全体の集団分析を通じて職場のストレス要因を特定し、働きやすい環境づくりに活かすことです。スタートアップにとっては、限られた人材を守り、組織の生産性を維持するための重要な施策といえます。
ストレスチェックで把握できる内容
ストレスチェックでは主に3つの領域を評価します。まず「仕事のストレス要因」では、業務量や質、裁量度、人間関係などを確認します。次に「心身のストレス反応」として、イライラや不安、抑うつ、疲労感などの自覚症状を把握します。最後に「周囲のサポート」では、上司や同僚からの支援状況を評価します。これらの結果を総合的に分析することで、従業員個人のストレスレベルだけでなく、部署ごとの課題や組織全体の傾向も明らかになり、効果的な職場環境改善につなげることができます。
ストレスチェック導入が必要な企業の条件
常時使用する労働者が50人以上の事業場は義務
労働安全衛生法では、常時使用する労働者が50人以上の事業場に対して、年1回以上のストレスチェック実施を義務付けています。ここでいう「常時使用する労働者」とは、期間の定めのない雇用契約で働いている者、または契約期間が1年以上の者で、かつ週の所定労働時間が通常の労働者の4分の3以上である者を指します。正社員はもちろん、条件を満たす契約社員も含まれますが、短期アルバイトや週2日勤務のパート従業員などは対象外です。
事業場ごとの判断が必要
ストレスチェックの実施義務は、企業単位ではなく「事業場」単位で判断されます。事業場とは、工場、事務所、店舗など、同じ場所で同じ種類の事業を行う組織上の最小単位を指します。例えば本社と工場がある場合、それぞれが別の事業場として扱われるため、本社が50人以上、工場が30人であれば、本社のみストレスチェックの実施義務が生じます。複数拠点を持つスタートアップは、各事業場の労働者数を個別に確認する必要があります。
50人未満の事業場における努力義務と今後の動向
現状、常時使用する労働者が50人未満の事業場については努力義務とされていますが、2025年3月に労働安全衛生法改正が閣議決定され、今後、50人未満の事業場にも義務化される見通しです。成長段階のスタートアップにとっては、従業員数が50人に達する前から制度導入の準備を進めることで、スムーズな移行が可能になります。また、義務化を待たずに自主的に導入することで、従業員の健康管理体制が整っていることを対外的にアピールでき、採用活動においても優位性を持つことができます。
ストレスチェック導入の準備と実施手順
導入前の準備段階で決めるべきこと
ストレスチェック導入にあたり、まず社内方針を明確にする必要があります。実施目的や実施時期、調査票の種類、結果の保管方法などを決定し、従業員に周知します。常時50人以上の事業場では衛生委員会での審議が必要です。実施時期は業務の繁忙期を避け、従業員が落ち着いて受検できる時期を選びましょう。スタートアップでは人事担当者のリソースも限られるため、年間スケジュールに組み込んで計画的に進めることが重要です。また、受検は従業員の任意であることを明示し、受検しなかったことによる不利益が生じないよう対策を講じる必要があります。
ストレスチェックの実施から結果通知まで
実施段階では、選定した調査票を従業員に配布します。紙媒体またはオンラインツールを使用し、従業員は仕事のストレス要因や心身の状態について回答します。回収は実施者または実施事務従事者が行い、人事権を持つ者が本人の同意なく結果を閲覧することは禁止されています。実施者は回答結果を分析し、高ストレス者を選定します。結果は実施者から従業員本人に直接通知され、高ストレス者には医師による面接指導を受けるよう勧奨されます。スタートアップでは従業員との距離が近いため、プライバシー保護に特に配慮が必要です。
実施後の報告と集団分析
ストレスチェック実施後は、所轄の労働基準監督署に検査結果等報告書を提出する必要があります。提出期限は明確に定められていませんが、年1回の実施義務があるため、前回提出から1年以内が望ましいとされています。また、集団分析の実施は努力義務ですが、部署ごとのストレス傾向を把握し職場環境改善につなげるため、積極的な実施が推奨されます。スタートアップでは組織が小規模なため、10人未満の部署では個人が特定される恐れがあり集団分析を行わないなど、適切な配慮が求められます。
ストレスチェック導入時の実施体制づくり
実施者の選定と要件
ストレスチェックの実施者は、労働安全衛生法で定められた有資格者から選定する必要があります。医師(産業医)または保健師が基本となり、厚生労働大臣が定める研修を修了した看護師、精神保健福祉士、公認心理師も実施者になることができます。重要なのは、人事権を持つ者は実施者になれないという点です。これは従業員が安心して正直に回答できるよう、人事評価への影響を排除するためです。スタートアップで産業医を選任していない場合は、外部の医療機関や専門機関に実施者を委託することも可能です。
実施事務従事者の役割
実施事務従事者は、実施者の補助業務を担当します。調査票の配布・回収、データ入力、結果の出力・保管などを行いますが、実施者と同様に人事権を持つ者は就任できません。必要な資格はなく人数制限もありませんが、個人情報を扱うため守秘義務が課せられます。スタートアップでは人事担当者が兼務することも多いですが、その場合は採用や評価に直接関与しない担当者を選ぶ必要があります。実施事務従事者の選定により、実施者の負担を軽減し、効率的な運営が可能になります。
外部委託する場合の体制構築
ストレスチェックの実施を外部の専門機関に委託することで、社内リソースが限られるスタートアップでも円滑に制度を運用できます。委託先が実施者となり、調査票の配布から結果通知、集団分析まで一貫して対応してもらえるサービスもあります。ただし、外部委託する場合でも、事業場の状況を日頃から把握している産業医や保健師を共同実施者として選定することが望ましいとされています。委託先を選ぶ際は、サポート体制の充実度、費用、セキュリティ対策、法令対応の確実性などを総合的に評価し、自社に適したサービスを選択しましょう。委託後も社内窓口担当者を明確にし、従業員からの質問に対応できる体制を整えることが重要です。
ストレスチェック後の対応と職場改善
高ストレス者への面接指導の実施
ストレスチェックで高ストレス者と判定された従業員から申し出があった場合、事業者は医師による面接指導を実施する義務があります。申し出から概ね1ヶ月以内に面接を実施し、勤務時間内に行うこと、プライバシーが保たれる場所で実施すること、費用は事業者が負担することが求められます。面接では医師がストレスの原因や心身の状態を確認し、必要に応じて医療機関への受診勧奨や就業上の措置について助言します。スタートアップでは産業医が未選任の場合も多いため、外部の産業医や医療機関と事前に連携体制を構築しておくことが重要です。面接指導は強制ではありませんが、従業員が申し出やすい環境を整えることが求められます。
医師の意見を踏まえた就業上の措置
面接指導実施後、医師は事業者に対して就業上の措置に関する意見を提出します。事業者はこの意見を尊重し、必要に応じて労働時間の短縮、業務内容の変更、配置転換、休職などの措置を講じる必要があります。ただし、措置を実施する際は従業員本人の意見を十分に聴取し、不利益な取り扱いにならないよう配慮しなければなりません。スタートアップでは組織が小規模なため配置転換の選択肢が限られますが、業務分担の見直しやリモートワークの活用など、柔軟な対応を検討しましょう。面接指導の結果記録は5年間保存することが義務付けられています。
集団分析結果を活用した職場環境改善
集団分析は努力義務ですが、部署ごとのストレス傾向を把握し、組織全体の課題を発見するために有効です。分析結果から長時間労働、業務量の偏り、コミュニケーション不足などの問題が明らかになった場合、具体的な改善策を検討し実行します。例えば業務プロセスの見直し、1on1ミーティングの導入、休暇取得の促進、ハラスメント防止研修の実施などが考えられます。スタートアップでは経営層と従業員の距離が近いため、分析結果を経営判断に迅速に反映できる利点があります。改善施策を実施した後は、次回のストレスチェックで効果を検証し、PDCAサイクルを回すことで継続的な職場環境の向上を目指しましょう。
スタートアップがストレスチェックで失敗しないポイント
従業員の受検率を高める工夫
ストレスチェックは任意受検のため、従業員が受検しなくても罰則はありませんが、受検率が低いと組織の実態を正確に把握できません。受検率を高めるには、実施前に制度の目的や個人情報保護の仕組みを丁寧に説明することが重要です。特に「結果が人事評価に影響する」「高ストレス者は解雇される」といった誤解を解き、安心して受検できる環境を整えましょう。スタートアップでは経営陣との距離が近いため、経営者自身が制度の意義を語り、率先して受検する姿勢を示すことで、従業員の信頼を得られます。また、実施時期を繁忙期と重ねないこと、オンラインツールで手軽に回答できる環境を用意することも受検率向上につながります。
結果を活用せず形骸化させない
ストレスチェックを実施するだけで満足し、結果を活用しないことは最も避けるべき失敗です。高ストレス者への面接指導を実施しない、集団分析結果を読むだけで終わる、職場改善につなげないといった状態が続くと、制度が形骸化し従業員の不信感を招きます。スタートアップでは人員が限られるため、担当者の負担が大きくなりがちですが、外部の専門機関にサポートを依頼するなどして、確実にフォローアップを行いましょう。集団分析結果は経営会議や全社ミーティングで共有し、具体的な改善アクションを決定して実行することが重要です。次回のストレスチェックで改善効果を測定し、PDCAサイクルを回す仕組みを構築しましょう。
個人情報保護とプライバシーへの配慮
ストレスチェック結果は極めてセンシティブな個人情報であり、不適切な取り扱いは従業員の信頼を損ない、法的リスクにもつながります。実施者と実施事務従事者以外が結果にアクセスできないよう、データ管理を徹底しましょう。特にスタートアップでは組織が小さく、経営者や人事担当者が従業員の状況を把握しやすい環境にありますが、本人の同意なく結果を閲覧することは法律で禁止されています。また、集団分析を実施する際も、10人未満の小規模部署では個人が特定される恐れがあるため、分析単位を工夫するなどの配慮が必要です。セキュリティ対策の整ったツールを選び、結果の保管場所や閲覧権限を明確にすることで、安全な運用を実現できます。
ストレスチェック導入にかかるコストと選択肢
無料の厚生労働省版プログラムを活用する方法
ストレスチェックを社内で完結させる場合、厚生労働省が無料で提供する「厚生労働省版ストレスチェック実施プログラム」を活用できます。このプログラムには職業性ストレス簡易調査票が含まれており、データ入力から結果出力まで対応可能です。追加費用がほとんど発生しないため、コストを最小限に抑えたいスタートアップには有効な選択肢です。ただし、実施者となる医師や保健師を自社で確保する必要があり、調査票の配布・回収、データ入力、結果通知などの事務作業はすべて社内で対応しなければなりません。担当者の業務負担が大きく、不明点が生じた際に相談できる相手が限られるため、初めて導入する場合はハードルが高いといえます。
外部サービスに委託する場合の費用相場
ストレスチェックを外部の専門機関に委託する場合、一般的に従業員1人あたり500円から2,000円程度の費用がかかります。サービス内容により価格は異なり、基本的な実施と結果通知のみであれば低価格、集団分析や面接指導の調整、職場改善のコンサルティングまで含む場合は高価格になります。スタートアップでは50人規模であれば年間2.5万円から10万円程度が目安です。外部委託のメリットは、担当者の作業負担が大幅に軽減されること、法令対応が確実に行えること、専門家からアドバイスを受けられることです。初めてストレスチェックを導入する場合や、社内リソースが限られている場合には、費用対効果の高い選択肢といえます。
自社に合った実施方法の選び方
ストレスチェックの実施方法を選ぶ際は、自社の状況に応じて判断することが重要です。社内に産業医や保健師がいて人事担当者に余裕がある場合は、無料プログラムでの内製化も可能です。一方、産業医が未選任で担当者のリソースが限られる場合、外部委託を検討しましょう。委託先を選ぶ際は、単に価格だけでなく、サポート体制の充実度、セキュリティ対策、集団分析の質、継続利用のしやすさなどを総合的に評価します。スタートアップの成長フェーズに応じて、初年度は外部委託でノウハウを蓄積し、翌年度以降は一部を内製化するといった段階的なアプローチも有効です。ストレスチェックにかかる費用は福利厚生費として損金計上できるため、従業員の健康管理への投資として前向きに検討しましょう。
まとめ
ストレスチェック制度は、従業員のメンタルヘルス不調を未然に防ぎ、健康的に働ける職場環境をつくるための重要な取り組みです。常時50人以上の事業場では年1回の実施が義務付けられており、今後は50人未満の事業場にも義務化される見通しです。導入には実施者の選定や調査票の準備、結果の適切な管理など、さまざまな準備が必要ですが、外部サービスを活用することで担当者の負担を軽減できます。スタートアップにとって重要なのは、制度を形骸化させず、結果を職場改善に活かすことです。高ストレス者への面接指導や集団分析を通じて具体的な改善策を実行し、継続的に従業員の健康を守る体制を構築しましょう。適切なストレスチェックの運用が、組織の持続的な成長を支える基盤となります。
本記事が参考になれば幸いです。

